ジャキン! ライフルを構え、キャルがにたりと笑う。 「だーいじょーぶよーぅ。ギャンギャンの事だものーぅ。自分を犠牲にしてでもジャムリムさんを守ると思うのーぉ」 うふふー、などと呟いて、瞳孔が開き気味だ。 「旦那あ!」 たまらず、一縷の望みをかけて、タカは精一杯セインを見上げるも、こちらは太陽で反射されて眼鏡の奥が見えず、表情が読み取れない。 おまけに口元だけは弧を描いて笑ってはいるものの、その周りの空気はどこまでも冷たい。 「タカ。何も心配なんかする事はないんだ。だってギャンガルドだもの」 何が?とは思ったが、見えないセインの眼が、シャレにならないものになっているだろう事だけは分かった。 これはもう、タカが頑張るか、諦めるかしかない。 そうだ。人生は常に選択の連続だ。 選択肢があるうちはまだ救いがある。 「キャプテン。俺はもう諦めやしたんで、覚悟決めてくだせぇ!」 タカは潔く諦めた。 「なんだとコラ!もう少し努力ってモンを見せてみろお前!」 土砂の山の向こうから、ギャンガルドが顔を出した。 ちゅいん! すかさず銃弾が頭を掠め、海賊王の髪の毛を数本焦がす・ 「いやあ、もう、だってこの状況ですぜ?」 一度構えたライフルを使わずに、いつもの短銃で撃ってくれただけでもありがたい。 どう考えたって、人をおちょくって女性とこんな場所でいちゃつこうとした阿呆な大人が、真面目に心配して駆けつけてくれた子供に言い訳が出来るもんでもない。 「よく考えたら、私たちも二次災害に巻き込まれる危険があるのよね。でも腹が立つからこの際今すぐに出てきて状況を説明するって言うなら、セインの説教だけで許してあげる」 「覚悟してね?」 にっこりと、黄金の血薔薇の隣で、伝説の大賢者が微笑んだ。 正直、背筋が凍るどころか、全身が粟立った。 この二人が同時に本気で怒ると、こんなにも恐ろしいのかと思う。 できれば、こんな所で、こんな理由で、二人の本気なんて貴重なものを、あんまり見たくなかったなぁと、タカは汗の吹き出る自分の禿げた頭をつるりと撫でた。 「ほうら、だから言ったのに」 ジャムリムが土砂の上から頭を出した。 「謝るから、勘弁してもらえないかしら?」 手を顔の前で合わせて、ごめんなさいのポーズをするジャムリムに、キャルはふん、と鼻息を鳴らした。 「ジャムリムさんは良いの。どうせ嫌がるのをギャンギャンが無理やり付き合わせたんでしょうから」 女性には寛容だなあと、タカなどは思ってしまうが、実際キャルの言うとおり人の言う事なぞ聞く耳も持たないギャンガルドなので、フォローの仕様が無い。 「おいおい、随分扱いが違うじゃねえか」 「当たり前でしょう?世の中ファースト・レディで成り立ってんのよ」 キャルの声は、絶対零度よりもなお冷たい。 「いいかげん出てきなさい。大丈夫。ギャンギャン私の腕前知っているわよね。ジャムリムさんには当てないから。あんたにだけ命中させるから」 「いや、そう言われて出て行く俺ってどうなのよ?」 ギャンガルドが土砂の向こうで情けない声を出したが、しかし自業自得なので、誰も賛成してくれない。 「もういいわ。早く出てきてくれないかしら?ここでギャンギャンと睨み合いっこしていても、らちが明かないのよ。そもそも、保安官が一人、こっちに来ている筈なんだけど」 出て来る様子を見せないギャンガルドに、キャルが妥協するように、先程組み立てたばかりのライフルを、今度は解体して、さっさと鞄の中に戻してしまう。 「保安官だぁ?」 キャルがライフルを片付けて安心したのか、ようやくひょっこりとギャンガルドが土砂から顔を出した。 「そ。さっき、ここに来る途中、馬を提供してくれたひげ親父が言っていたのよね」 「そういえば、そうだったね」 「ああ、確かに、こっちに一人寄越しているって言ってましたっけ」 セインもタカも、ひげ面を思い出して頷いた。 「まあ、馬は提供してくれたって言うより勝手に貰った、て言った方が正しいけれどね」 馬が自分から三人に向かって走ってきたのは事実だ。 「飼い主に嫌気が差したんでしょう」 実はそうなのかもしれない。 「ひひん!」 後ろで当の馬が嘶いた。 「正解らしいよ?」 余程嫌だったのか。 「何で馬なんかいるのかと思ったら、そういうこと。嫌味なひげ面じゃなかった?」 ジャムリムが、街道を塞いでいる土砂を乗り越える。 「知り合い?」 「知り合いも何も。小さな町だもの。保安官なんか二人しかいないし、どっちも嫌われているよ」 肩をすぼめて、三人の下まで歩いてくると、くるりと彼女は振り向いた。 「まあ、一人はそこにいるんだけれどね」 ジャムリムの視線を追えば、土砂の向こうから、ギャンガルドが何かを担いで出てきた。 「彼は、どうも肩に人間を担ぐのが趣味らしいねえ」 セインが、呆れたように腕を組んで、ギャンガルドを半目でみやる。 ギャンガルドが担いでいるのは、それなりに身長も体重もありそうな男性で、服装も、落馬したひげの保安官と似ていた。 「保安官って、制服でもあるの?」 セインがジャムリムに訊ねれば、彼女はこくりと頷いた。 「他の町はどうか知らないけれど、ここでは二人しかいないくせに、町の仕立て屋に制服を作らせてね。他にも、保安所の備品を新しくしたりとか、保安官のくせに毎晩飲み歩いていたりとか、おおよそ町の治安には役立ってなんかいなかったね」 「それってー?」 タカが、こちらに向かってのろのろと歩いてくるギャンガルドの肩でゆれる、保安官を見やる。 「保安官って、そんなにお給料が良いのかな?」 セインも、タカと同じ様な事に気付いたらしい。 「さあ?実際いくら貰っているのかなんて分からないけど。ここ最近よ。羽振りが良くなったのは」 セインの質問に答えたジャムリムが、何かに気付いたように、形の良い眉を吊り上げた。 「具体的にいつごろから?」 「……宿屋に被害が出始めた、その後からだね」 そう言うと、ジャムリムは顎を摘んで考え込んだ。 「何もめてんだ?」 バス! 小さな硝煙が立ち上り、ようやく四人の傍へ辿り着いたギャンガルドの揉み上げが、数本はらりと舞った。 「えーっと?」 いつの間に構えたものか、サイレンサー付きの銃を向ける幼女が、それはもうギラギラと双眸を輝かせる。 それはまさに、獲物を狙う獰猛な野生動物のそれと等しく。 「私が妥協するとでも?」 「おいおい…」 海賊王の背中を、珍しくも冷や汗が流れた。 肩に担いだ保安官が、やけに重く感じられる。 さっさと下ろしてしまいたいところだが、殺気を放つ幼女から目が離せない。 ゴールデン・ブラッディ・ローズの二つ名を持つ最上級ヘッドハンターから注意をそらせず、お互い睨み合ったまま、膠着状態に陥る。 どうやら、地面に保安官を下ろすのは、あきらめた方が良いらしい。彼女の眼が、下ろすなと訴えている。 中年男一人分の体重は肩に重かったが、ギャンガルドはゆっくりと体勢を立て直す。 しかし不意をついて、ひたりと首筋に冷たい感触がして、またもや背筋に嫌な汗が流れた。 「僕もね。妥協するなんて言っていないから」 気付けば、背後にセインが立っていた。 その手に握られ、今ギャンガルドの頚動脈に押し付けられているのは、昨夜の刺客の持ち物だった刃幅の広いナイフだ。 「まだ、あんたの愛刀でないだけマシなのかね?」 セインの愛刀、伝説の聖剣セインロズドなら、とっくにギャンガルドの首は胴体とさようならをしているだろう。 前面の虎、後門の狼。 「こんなところで、お前さんたちの本気は見たくなかったなあ」 どこぞのコック長と同じことを口にして、海賊王は自業自得という言葉を学習しない。 「このまんまだと、俺どうなっちゃうのかな?」 暢気にそんな事を聞いてくる。 二人のただならぬ様子に、ジャムリムなぞはただ呆然と三人を見つめているのみだ。 「そうね。とりあえず一回死んでみる?」 「一回死んだら生き返れねえじゃねえか」 「そりゃあそうよ。だって死ぬんだもの。反省できたら来世でまたお会いしましょ?」 キャルの目がすわっている。 「命が惜しかったら、さっさと状況説明をしてちょうだい」 つまるところ、とっくの昔に二人とも業を煮やしていた上に、このままではまたギャンガルドのいつものアレで、話が進まないと予想をつけて先手を打つことにしたらしい。 「俺、この状況で喋んなきゃならねぇの?」 肩に中年、眼前に銃口、首筋に剣。 雁字搦めである。 「人をおちょくるからこうなるのよ。いい加減学習しなさい」 「嫌だ」 「うんそう言うと思ったからこうなっているわけなんだけれどもそこの所解ってる?解っているよねー?解っててやっているんだもんねー?」 キャルに言い返せば背後からセインがナイフに力を入れる。 「せ、せめて、座りましょうや?」 泣きそうになりながら、タカが提案するも、二人は全くギャンガルドを解放する気はないらしい。 「ここまで来て、また話をはぐらかされるのは嫌なの。なんでこの崖崩れに来ていたのか、この保安官はどうして気絶しているのか、さっきの爆発音は何だったのか。洗いざらい喋ってくれたら、すぐに銃を仕舞ってあげるし、セインだってナイフをどけるわ」 セインの傷も、だいぶ良くなったとはいえ完治とも行かず、まだこの先王城へ行くには道のりは長い。時間が勿体無いのだ。 「ハーイはいはい解りました、解りましたよ」 さすがに降参したらしいギャンガルドが、諸手を挙げた。 結局突っ立ったまま、最強の二人に挟まれて、ギャンガルドは大きく息をついた。 「この崖崩れは昨晩までの嵐で、普通に崩れたらしい。人為的なものでもなんでもないってさ」 自分が這い出てきたばかりの土砂の山を指差す。 「で、こいつは単に俺に絡んで来やがったから一発ぶん殴ったら気絶した」 今度は、担いだ保安官を指差す。 一発で気絶する保安官で、町の保安は大丈夫なのかと、タカがジャムリムを見やれば、両肩をふいと引き上げて、頭を振った。相手が相手なのでそこは仕方ないのかもしれない。 「絡んで来たって、何か理由があったんじゃないの?」 「知らん。ここに来たらいきなり部外者はあっちへ行けだの邪魔だの、なんかこう、イラッと来たんだよ」 それはなんとなく分かる気がする。 キャルたちが町で会った保安官の片割れなのだから、似たり寄ったりな態度だったのだろう。 「で?ギャンギャンはどうしてここへ来たのさ」 「ちょっとこのナイフどけてくれたら嬉しいんだが」 「どけるわけないだろう。嫌だなぁ」 どうにも首筋に冷たいものが当たっていると落ち着かないので、訊ねられたついでに提案してみたが、即答で却下された。 いかにも仕方がない、といったように大げさに溜息をついてみたけれども、首筋のナイフはぴたりと皮膚にくっついている。 このまま体温でナイフが温まるんじゃないだろうか。 「ジャムリムと一緒に駅馬車の停留所まで行ったんだが、客で溢れているわりに御者も組合員も誰もいなくてな。それで、馬車の通り道に何かあったんだったら、見に行って直接確かめた方が早いだろうって言う事で、ここまで来たんだよ。驚いたぜ?こんだけ道が土砂に埋まってんのに、誰もいやしねぇ。どうしたもんかと考え込んでりゃ、この訳の分からん偉そうなのが現れてな」 それでムカついたから殴ったらしい。 「じゃあ、爆発音は聞いていないの?」 キャルたち三人が、ここから離れた町中でも聞いた爆発音だ。相当大きなものだったに違いないのだが、ここに居たギャンガルドたちが聞いていないとすると、見当違いな場所から聞こえたことになる。 「爆発音は、それ。そこの道の外れ。下覗いてみ?」 そう言われても、覗いたらこの男は逃げる気満々に違いがないので、視線を外さずに、キャルはタカにお願いする。 「ごめんなさい、タカ。見てきてくれる?」 「お、おう」 ひょこひょこと、崩れた崖とは反対側をタカが見下ろした。 「あぁ?」 下に流れる川の側に、砂利が溜まった場所がある。そこに大きな穴が開いていて、すぐ横で何人かがひっくり返って気絶していた。 穴の周囲には砂利や砂がきれいに飛び散っている。この穴のど真ん中で、何かが爆発したものであるのは間違いない。 「どうもこの下で爆発したみたいですぜ」 振り返って先程から同じ体勢を崩さない三人へ叫んで報告する。 「・・・・・どういうこと?」 訳が分からず、キャルの小さな眉間に皺が寄った。 |
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