「さあ?俺もそこまでは知らねぇよ。ジャムリムに聞いてみたが、あのひっくり返っている連中には見覚えがないそうだ」
「見覚えがないって・・・?」
 小さな町だ。住民の顔はみな分かっているとジャムリムが言っていた。その彼女が見覚えがないというなら、崖下の連中はこの町の住人ではない事になる。
「ギャンガルドの言うとおりでね。見たこと無い奴等なんだけど、何であんなところで大穴開けてひっくり返っているのやら」
 キャルの疑問に、ジャムリムが答えた。
「ねえ?ギャンガルドの事なら、私が見張っているからそろそろ放してやってもらえない?」
 困った顔をしながら、お願いのポーズでジャムリムが、セインとキャルに頼み込む。
「私もね、この人のいい加減なところとか、話が進まないところとか、承知しているんだけどさ?」
 聞き出したかった状況説明が大方終わり、美人に両手を合わせてお願いされてしまっては、キャルも折れるしかなく。
「・・・・・・解った。けど、見張っているって、大丈夫?」
「大丈夫!こう見えて私、腕っ節はあるからぶん殴るくらいできるしね!」
 それを聞いて情けない声を出したのはギャンガルドだ。
「おいおい、誰も俺の味方はいねぇのか?」
「あらあら?だから私がこうして二人にあんたを放してくれるように頼んでいるんじゃないか。不満かい?」
 それこそ不満気にジャムリムがギャンガルドを睨んだ。
「あー、そうですね、そうですよ。俺が悪うございました」
 がっくりと肩を落とすギャンガルドに、ジャムリムは満足そうに頷いた。
「よし。もし逃げるんだったら、金輪際私に顔を見せないで頂戴」
 にこやかに宣言したジャムリムに、ギャンガルドはさすがに青くなった。
「おいおい、そう来るかよ」
「おや?女一人の人生狂わそうってんだ。それっくらいの覚悟、持ってて良いんじゃないのかい?」
 流石、ギャンガルドが惚れたと認めるだけあって、一筋縄ではいかない女性である。
「かっこいい・・・・」
 キャルなどは銃を持っていることも忘れてきらきらと羨望の眼差しを送っている。
「どうするの?降参?」
 セインが毒気を抜かれたようにくすくす笑う。先程までの殺気はどこかへ霧散してしまった。
「どうもこうも、解ったよ!おとなしくしてりゃあ良いんだろうが」
「最初っからそうしていれば、わたしに銃を向けられる事も、セインにナイフを突きつけられる事もなかったのよ」
 ギャンガルドが肩に担いだ保安官を地面に下ろすのと、キャルが銃をしまうのはほぼ同時だった。
 セインのナイフはギャンガルドが降参宣言をしたときに、既に離れている。
「間抜けな保安官はこのままでも構わないでしょ。崖下を見に行くわよ」
 キャルはようやく行動出来ると、上機嫌に崖下へと歩み寄った。
 覗き込めば、なるほど大きな穴が開いている。
「なんなのかしらね」
 穴の傍に、数人が転がっているが、別段外傷はなさそうだ。まあ、爆発の際被ったのか、土くれやら枯葉やらを浴びて薄汚れてはいる。
 木が茂っているが、本数が少ないので良く見える。
 傍に流れる川は、爆発の際に生じたらしい穴に多少水が零れ落ちてはいるものの、流れを変えるまでには至っていないらしい。倒れている連中とは裏腹に、サワサワと心地よい水音を響かせて、綺麗なままだ。
 多分に、一度生じた泥水も、今は既に流れ去ってしまっているのだろう。
「うわあ!」
 驚いた声が聞こえて、セインもタカも崖下を覗けば、目が覚めたのか、男が一人もそもそと動いている。
「?」
 目でキャルに訊ねれば、先ほど目を覚まして起き上がり、仲間が転がっているのを見て驚いているらしいという。
「こっちにはまだ気が付いていないわ」
「彼に事情を聞いてみれば早いかなあ」
「そうっすね。手っ取り早いんじゃないですかい?」
 意見が一致したところで、セインが崖を滑り降りる。
 そこでようやく気配に気が付いたのか、男はこちらを見上げると、川沿いに町の方向へ走り始めた。
「あれ?」
 仕方がないので、セインは近場の木の幹を使ってくるりと方向を転換し、そのまま男を追いかけた。
「ちょっと!君!」
 声を掛けてみたが、こちらを振り向こうともしない。
 それどころかどんどんスピードを上げる。
「・・・・?」
 おかしい。
 あの爆発が普通に、何らかの事故であるなら、人が来たら助けが来たと喜ぶなら分かるのだが、目の前の背中は逃げているようにしか見えない。
 それに、男の身のこなし方が尋常ではない。
 セインが急な崖を注意して走り降りているのも原因ではあるが、距離が瞬く間に離されていく。
「これはひょっとすると?」
 そんなことを思っていたら、頭上から何か煌くものが飛んだ。
「あ」
 目の前の男の頬をかすって、それは地面に突き刺さる。
 あの、幅広のナイフだった。
 突然飛んできたナイフに男が身をすくめているうちに、セインはその背中に跳び蹴りを喰らわせて確保する。
「ぐうう」
 うめく男の両手を掴んで背中に乗っかり、じたばた暴れる足を自分の足でがっちりと挟み込めば、流石に観念したのか、男も動かなくなった。
 ちらりと崖を見上げれば、ギャンガルドが手を振っている。
 ナイフを投げたのは、おそらく彼だ。
 のそのそと、そのギャンガルドが崖を降りてくる。その後ろに、残りの皆も続く。
 キャルが足を滑らせるたびにハラハラしていたセインだったが、ちゃんとタカがフォローしてくれているのに安心する。
 下敷きにしている男は良く見ればなんというか、町中に紛れ込まれたら解らないくらい普通の格好をしているのだが。
 上はシャツにベストを羽織り、下はポケットの多いズボン。
「ふうん?」
 セインは一つ唸ると、ズボンのポケットをまさぐりだした。
「や、やめろ!」
 慌てだした男に構わず、どんどんポケットの中身を引っ張り出す。
 針金に小さな金属、何に使うやら粘土状の丸い玉、折りたたみ式のナイフが五本、小さな丸い火薬が詰まったマッチ箱、などなど。
 怪しげな物が次から次へと出て来る。
 ギャンガルドたちがセインの元へ辿り着く頃には、男の各種ポケットは空っぽになった。
 周り中、細かな道具やらなにやら。怪しい物が散らばっているような状況だ。
「うーん」
 セインはまた一つ唸って、下敷きにしたままぺい、と男をひっくり返して仰向けにすると、今度は男のベストを、ボタンが飛ぶほど勢い良く開け広げた。
「ぎゃああ!ほんと、もう勘弁してくれよ!」
「・・・」
 男が懇願するのも無視して、セインは男をばんざいさせる要領で、えいやとベストを剥ぎ取ってしまった。
「なんだ、追い剥ぎでもしてんのか?」
「うらやましいなら代わるけど」
 背後から覗き込むギャンガルドに冷たい一言を浴びせ、見向きもせずにセインは男のベストを逆さまにぶんぶん振った。
 ばらばらと、またどこにこんなに収納されていたものか。
 小さな改造銃やらそれ用の弾丸やら、ピックやらガラス切りのカッターやら。
「君たち、盗人でしょ?」
 まだ自分の下に敷きっぱなしの男に問えば、目が反らされた。
「ほう?なるほど」
「感心してないで、他の連中も捕まえなきゃならないんだから、縄か何か持ってきてくれないかな」
 男の所有物は、鍵を開けるための道具だったり、窓を破る際の道具だったりと、まあ、盗み道具と思しきものばかりだった。
 この調子では、あちらの大きな穴の傍で気絶している連中も、こいつらの仲間と見て差し支えなさそうだ。
「ちょっとセインったら、何やってるのよ」
「何って、追い剥ぎらしいよ?」
「こらこら」
 遅れてやってきたキャルに、ギャンガルドの言った台詞でそのまま返す。
「ふうん?泥棒なのこの人」
 周りに散らばった道具から、キャルもセインの下で身動きの取れない男が、泥棒らしいと言う事は見当がついたようだ。
「ふん」
 鼻で笑って、キャルはしまったばかりのサイレンサー付きの拳銃を、男の鼻先に突きつけた。
「昨晩私たちの部屋を襲った馬鹿のお仲間かもしれないってことよね?」
「ひい!」
 突きつけられた拳銃は、先程発砲したばかりだ。まだ銃口は火薬の匂いを燻らせている。本物の銃だと男が確認できないわけがなく、引きつった声を出した。
「アレさえなかったら、私たちこんなに苦労しなかったのよね」
 セインの傷はとっくに治っていただろうし、朝っぱらからパジャマ姿でギャンガルドに抱えられて醜態を晒さずにすんだ。
「洗いざらい吐いてもらうから、覚悟なさい」
 キャルの迫力に気圧されたのか、はたまた目の前の銃口が恐ろしかったのか。
 男は一声うなると、くるりと白目をむいて意識を手放してしまった。
「あ!こら待ちなさいよ!」
 引き止めたところで、気絶した男の意識は戻らず。
 セインはようやく男の上から体をどかし、うん、と背伸びした。
「あー、肩凝った」
 ぐるんと腕をまわして肩をほぐす。
「旦那。これどうすんですかい?」
 タカが男の鼻を摘みあげて遊んでいる。
「息が出来なくなっちゃうでしょ。止めてあげなよ」
「口が開いてますから、大丈夫でさぁ」
 摘まれた男はそのまま引っ張りあげられて、頭がちょっぴり宙に浮いた。そこでパッとタカが手を離せば、必然的に重力で後頭部を地面に打ち付ける。
「げふっ」
 蛙が潰されたような声が聞こえたが、全員綺麗に無視した。
「縄のようなものが見当たらないなら、しょうがない」
 セインは男のズボンのポケットから出てきた針金で、持ち主を後ろ手に縛り上げ、両足も脱がせたベストを使って器用に括ってしまう。
「なんだよ。俺が探しに行く事もなかったじゃねえか」
 見事に芋虫よろしく括られた男を、ギャンガルドが感心そうに見下ろす。
「ちゃんと聞いていなかった?あちらにも捕まえとかなきゃいけない連中がいるから、どっちにしろ縄が必要なんだけれど」
 呆れてセインが、いわゆる「あっち」を指差せば。
「・・・・・誰もいないねぇ?」
 ジャムリムが背伸びをして見ている。
「あれ?」
 全員が一瞬呆気に取られた。
「逃げられた?!」
 キャルが声を上げた瞬間。
 キラキラと何かが光った。
「危ない!」
 セインはキャルを、ギャンガルドはジャムリムとタカの頭を抑えて地面に伏せる。
 ご丁寧に人数分の刃物が地面に突き刺さった。
「不意打ちが好きみたいだね」
 ずれた眼鏡を直しながらセインが顔を上げる。
 飛んできたのは、昨夜の刺客の持っていたものと同じナイフだった。
「これで確定だわね」
 何が目的かなんて知らないが、とにかく気絶してひっくり返っていた連中の中に、キャルたちが苦労させられた原因を作った本元の人物がいるということだ。
「盗人の集団が、こんな所で爆薬使って何をしていたのやら」
 起き上がって崖を見上げれば、木々の合間を縫って逃亡する男たちの姿が見えた。
「保安官、上に置きっぱなしだぜ?」
「忘れ物したみたいに言わないでよ!」
 キャルが慌てた。
「もしかしたら保安官が何か知っているのかもしれないじゃないの!」
「しれないじゃなくて、多分知っているよ」
 盗人連中が固まって何かをしているところへ、保安官が見張り役として待機していたのだとしたら?
 ジャムリムとタカをその場に残し、キャルとセインとギャンガルドは一斉に走った。
 確証はないけれど、保安官たちの羽振りが良かったのも、やたらと旅人ばかりが狙われたのも、盗人集団と保安官たちが手を組んでいたのだとすれば、納得が出来る。
 ジャムリムが言っていたように、町の人が町人全員の顔を知っているような小さな場所だ。町の誰かの家に盗人が立て続けに入れば、必ず足がつく。その点、ふらりと立ち寄った旅人の方が狙いやすい。しかし、短期間に何度も旅人が被害にあえば、それこそ足がつくだろうに、今まで捕まりもせずに犯行は行われていた。
「田舎って、小さな権力が大きな権力に成り代わりやすいのね」
 保安官が、盗人集団から、賄賂でも貰っていた可能性は高かった。
「ちょっとしたモンでも、権力って名前がつけば、勘違いする人間はどこにでもいるぜ?」
「それは否定しないけどね」
 目の前に男たちの背中が見える。なんとか追いつけたらしいが、正確な人数を把握しておかなかったのは失敗だった。
 木々の合間を縫って逃げてゆく男たちは、ちらちらと見え隠れして数えにくい。
「多分、三、四人くらいなんだろうけれど」
「誰かさんがグズグズしているからこうなるのよ!」
「それって俺のことか?」
「他に誰がいるって言うの!」
 パス!
 キャルが目の前の日に焼けた顔を打ちたいのを我慢して、代わりに前方へと威嚇射撃を行った。
「サイレンサー付けといて良かったわ」
「俺のおかげ?」
「違うから」
 セインが両手を合わせてセインロズドを取り出す。
 先程の威嚇で、相手にこちらに銃があることが伝わったらしい。男たちの動きが鈍くなった。
「君、得物は?」
 聞けばギャンガルドはニヤリと笑って、両脇のベルトの下から何かを両手で引き抜きざま、前方の、足を木の根に取られてよろめいた男に向かって投げつけた。
「ぎゃ!」
 蛙の潰されたような声とともに仰け反った背中には、二本の細身のナイフが刺さっている。そのまま急な斜面をごろごろと、背中にナイフを突き刺したまま転がり落ちて行った。
「短いナイフなんだから、死にゃあしねぇんだがな」
 ベルトの幅がいくらか広いとはいえ、それに収まる長さだ。折りたたみ式でもないのだから、柄の部分も含め子指程度の長さしかない。
「なんなら、あいつらがさっき投げて寄越したナイフを使ってやれば良かったのよ」
「僕持って来たよ」
 セインが腰に挿してあったらしいそれを、ひょいとギャンガルドに渡した。
「投げづれぇんだよ、これ」
 幅の広いナイフは、空気抵抗やら何やらで、何度見ても扱いづらそうだ。
「うお!」
 渡されたナイフに愚痴ったところで、そのナイフと同じものが飛んできた。
 ギャンガルドは難無く、ひょいとそれを広い刃で受けとめて弾く。
「おおおっ?!」
 弾いた直後に、今度はまとめて飛んできた。
「油断大敵って言葉、知らないの?!」
 今度はそれらを、セインが叩き落す。
 そのままスピードを上げ、最後尾の男に手が届くところまで追いついた。
 すると、その男の前方にいた長髪の若い男が、振り向きざまセインへ発砲する。
「!」
 一発は頬をかすり、一発はセインの髪を一房焼ききり、それでもセインはスピードを緩めない。
 目の前の男の怯えて縮んだ首の上、その頭を鷲掴んで軸にすると、勢いを付けて間合いを詰め、銃を放った長髪の男へと標的を変更する。
 軸にされた男は後ろ向きのまま、なんとも哀れな悲鳴と共に崖から転がり落ちて行った。
ドン!ドン!
 またもや男が発砲するが、既に照準は合っていない。頭上の木々の枝を打ち落とすだけで、セインにかすりもしない。
 ギラリと、眼鏡の奥の薄い色彩が光る。
「ば、化け物!」
 叫んだと同時に、男の脳天にセインロズドの柄先が振り下ろされた。
「うおお。全部一人でやんなよなあ」
 駆け寄ったギャンガルドは残念そうに頭を掻く。
「まだ一人残ってるよ。あれ。君にあげる」
 気絶した男の襟首を持ち上げ、そのまま荷物を担ぐように背中に担ぎながら、セインが指差した方向には、下で芋虫になっている男と似たようなベストを着た男が、必死になって崖を登りきるところだった。
「保安官連れて行かれたら、君の責任だからね?」
 にっこりと微笑むセインに、ギャンガルドはひらひら手を振って、崖を登り始めた。
「キャルー?」
 いまだ姿を見せない主を呼べば、ゼイハアと、息を切らしてよろよろと登ってくる小さな姿が見える。
「なんで、こんな、とこ、そんなに、早く、登れるのよ」
 手を貸して引き上げてやれば、睨まれた。
「僕の場合、慣れ?」
「ギャンギャンは!」
「彼の場合は、体力の差だろうね」
 改めて、ギャンガルドはある意味化け物だと再認識したキャルだった。
 こんな急斜面で、木々が点在する中を、走って登れるなんて信じられない。はじめのうちこそ、キャルは二人と一緒に登っていたが、すぐに置いて行かれた。次々に頭上から転がり落ちてくる盗人たちに備え、木の幹を支えにしながら何とか登ってきたのだった。
「降りるのは楽だったのに」
「でも登るより降りるほうが危険なんだよ?」
 それは初耳だが、重力で勝手に勢いがつく分そうかもしれない。
「ところでギャンギャンは?」
 きょろきょろと辺りを見回しても、あの巨体が見当たらない。
「今頃上で最後の一人を捕まえた頃じゃないかな」
 セインが見上げれば、ちょうど本人が顔を出したところだった。
「手を振ってるわね」
「上手く行ったみたいだね」
 二人に登って来いと合図をすると、ギャンガルドはそのまま引き返していった。
「じゃあ、僕はこいつを引き上げなきゃならないし、キャルは下のタカたちを」
 セインが急に口を閉じた。
「キャル!」
 背中の男に構わず、セインがキャルに飛びついた。
「ななな!」
 一体何事かと混乱する目で見えたのは、空の青と、崩れ落ちてくる大量の土砂の波だった。



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