第六章 「痛たっ?!」 痛む背中に目を開ければ、見えたのは岩や土ばかりで、他に何も見えない。 「え?」 慌ててきょろきょろと見渡せば、それは目の前だけで、キャルの後ろにはちゃんと地面と川と、空があった。 一瞬、ほっとしたが、何かが足りないことに気が付く。 「セイン?」 さっきまでそこにいた長身が見当たらない。 ザッと、全身の血が音を発てて引いていく。 うるさく響く心臓を無理に押さえつけて、もう一度良く周りを見渡す。 「…セイン?」 足元の土砂から、手が覗いていた。 「セイン!セイン!」 名前を呼べば、ぴくりと動いた。 「セイン!」 キャルが手を握れば、弱々しくはあったが、確かに握り返された。 「今、出してあげる!」 土砂を素手で掘り、キャルはセインの名前を呼び続けた。 「誰か!タカ!ギャンガルド!誰か助けて!セインが!セインが!!」 自分以外に人がいることを思い出し、ようやく助けを呼んだところで、タカが走って来るのが見えた。 「お嬢!大丈夫か!?」 「タカ!タカ!助けて!」 深くえぐれた斜面の下に出来た土砂の山に、タカは最悪の事態を予想したが、助けを呼ぶキャルの手を握る、土砂から生えた手に、それは無いと一瞬安堵する。 しかし、悠長な事も言っていられない事に代わりはない。 「お嬢!そのまま旦那の手、握っててくれや!離すんじゃねえぞ!」 言うなり、タカは土砂を除けながら、崖の上を見上げた。 「キャプテン!こっちだ!」 見上げた先には、残った木々を器用に利用しながら駆け下りてくるギャンガルドがいた。 「旦那!生きてるか!?」 キャルの手は、しっかりと泥だらけの手を握り、その手も、キャルの手を離すことなく握っている。 視線を元に戻すと、タカは土砂を除ける作業に戻る。 道具もなにもない状態で、手作業だけで掘り進めて行く。 「上の連中は始末してきた。生きてんのか?」 到着したギャンガルドが、そのままタカの横で作業を始めた。 「くそ!こんな事ならさっさと殺しておけばよかったんだ!」 ギャンガルドの物騒な呟きに、キャルもタカも海賊王を見上げた。 「殺すって・・・?」 「気絶していた連中が、目を覚ましてやがったんだよ。あいつら下にお前らがいることを知ってて爆破しやがった」 「なんっ!」 その爆破した連中を捕まえ、動けないようにしてから降りてきたのだという。 「まさか、賢者が埋まってるなんざな」 大きな岩をギャンガルドとタカの二人がかりで川へ落とすと、セインの身体が土砂の中から見えた。 「あたしにも手伝える事はないかい?!」 気が付けば、ジャムリムがキャルの背後に立っていた。 「あの男は?」 「まだ気絶してる。チョッキを寄りかからせた木の幹ごと着せてきたから、抜けられないと思うよ」 木の幹に男をもたれさせかけ、着ていたチョッキを背後の木を包むように着せかけて、腕をチョッキに無理やり通せば、地面に生えた木を背負う形になる。 「そりゃ、またけったいな」 「こんな事する連中に遠慮はいらないだろ?」 「確かにな」 汗を拭いながら、ギャンガルドは土砂の隙間から見えるセインの体を覗き込む。 「やあ、面倒をかけるね」 岩の間にちょうど良く挟まったのか、意外にもセインは元気だ。 「セイン!あんた喋れるの?」 キャルがセインの顔に手を伸ばすが、届かない。 「ごめん。何だかぴくりとも身体が動かないんだ」 土砂の圧迫によるものなのか、どこか痛めているからなのか。 「待ってろ。今出してやる」 「ふふ」 ギャンガルドの、珍しく真剣な口ぶりに、セインは思わず苦笑する。 「笑ってる場合かよ」 「だって、君のそんな顔、滅多に見られないだろ?」 土砂に体のほとんどを埋めたまま、そんなことを言うセインに、流石の海賊王も呆れた。 「余裕じゃねえか。体のどこも痛くねえな?」 にやりと、いつもの調子を取り戻して、ギャンガルドが不敵に笑う。 「大丈夫。動かないだけで感覚もちゃんとある。運が良かったよ」 土砂の中で表情は良く見えないが、セインも笑ったような気がした。 「旦那、元気なんだったら引っ張り出しても大丈夫なんじゃねえですか?」 先程二人がかりで除けた岩の反対側も、どうやら岩があるらしく、それが壁の役割を果たしてセインは無事でいるらしい。少し間違えば、その岩と岩の間に挟まれて押しつぶされていてもおかしくはなかった。 「強運っすね」 「はは」 タカの言葉に、押しつぶされても、果たして自分は死ねるのかな、などとセインは思ったが、口には出さなかった。 「引っ張り出すって言っても、真っ直ぐ水平に引っ張ってくれないと、多分抜けないと思うのだけれど」 身体が縦になっていれば土砂を掘り下げて脱出も可能だっただろうが、セインは横倒しのまま埋まってしまっている。体にのしかかる土砂をどけるには、土砂の量が多い上に危険が伴った。なら、引っ張って抜いてしまうのが楽なのだが、それはそれで、腕を引けば土砂の圧力で肩が抜けるか、下手をすれば腕が折れてしまう可能性もあり、水平方向に引っ張る事ができなければ、背骨を傷める可能性もあった。 「あたしがやる」 ずい、と、キャルがセインのいる土砂の隙間を、手で掘り広げ始める。 「キャル?!危ないよ!」 慌ててセインが止めにかかったが、それで言う事を聞くキャルでもないことは、この場の全員が知っていた。 「どのみち、こんな隙間、お嬢しか潜り込めねえ。お嬢を俺たちが手伝うから、大人しく引っ張られとけ」 諦めたようにギャンガルドが言う。 「あ。じゃあ、キャルちゃん。これ使えるんじゃない?」 ジャムリムが取り出したそれは、あの幅の広いナイフと、針金やロープだ。 セインが捕まえた男の持っていた、盗人道具だった。 「ナイフはスコップの代わりになると思わないかい?」 言われてみれば。 「何本あんだ」 「人数分持ってきた。落ちてんだもん」 セインとギャンガルドが連中と格闘した際に投じられたものだろう。 「そんなに投げていたっけ?」 「さあな。落としたんじゃねえの?お前さん一本持っていたしな」 どちらにしろ、今は利用させてもらうに越した事はない。 「これ、凄く掘れるわ」 ざっくざっくと、キャルはナイフで土砂を掘る。 「もともと、崩れた土だからな。柔らかい上にナイフの刃が刺さりやすくなってんだろ」 「物は使いようってやつっすね」 「キャルちゃんが入れるくらい広げたらどうすんの?」 四人でざくざくとナイフを使って、土砂の隙間の入り口を掘れば、あっさりと子供一人分の穴が出来た。 「なんならこのまま掘ってく?」 「それは最終手段だろ。引っ張ったほうが早い」 ジャムリムとギャンガルドが話している間に、キャルはさっさと隙間に潜り込んだ。 「これ、持っていって」 そのキャルに、ジャムリムが自分のハンカチと、短いが盗人道具のロープを差し出した。 隙間から後ろ手に伸ばされたキャルの手に、それらを握らせると、瞬く間に潜って行く。 「賢者の手はまだ出ているな?」 ギャンガルドが確認を取れば、タカが勢いよく返事する。 「へえ!ちょいとお嬢の足が邪魔ですがね」 言えばキャルの足がぶんぶんと動いた。 邪魔と言われて腹が立ったらしい。 「キャル、あんまり動くと崩れるから」 土砂の中からセインの声がした。 「早くしねえと、またいつ崩れるかわかったもんじゃねえ。このままでいてくれりゃあ、いいんだが」 いつになく、ギャンガルドが心配そうだ。 土砂の中の二人は先程から、何か話し合っているようだ。 「あれ?それでどうすんです?」 タカが、土砂の中から何か指示されたらしく、隙間の中を覗き込む。 「ああ。手?お嬢、ちょっと一回出てくれませんかね?」 言うなり、足だけはみ出ていたキャルが、もそもそと戻って来た。 「ありがとう。それで、もう少しロープないかな?」 キャルが戻ると、土砂の中から、少し苦しそうなセインの声が聞こえる。 どうやら、自分の体をロープで括って、それを引っ張らせるつもりらしい。 土砂から出ていたセインの手が、隙間の中に引き込まれた。 「ロープはないけど、針金なら」 「気が利くね。ありがとう」 ジャムリムがキャルに渡すと、土砂の中からセインが礼を言った。 「それで、どうするんですかい?」 タカが、隙間を覗き込んだ。 「セインロズドになれないの?」 キャルが唐突に言った そういえば。聖剣があれば、姿を変えて引っ張り出す事も容易っていのではないだろうか。 タカもギャンガルドもそう思ったが、事はそう簡単でもないらしい。 「土砂がかなり圧迫しているからね。僕の面積が小さくなる分、この隙間がその時の急な衝撃で埋まる確率が高いんだ。それに、括ってもらったところで、今の僕の大きさに括っても、意味ないだろう?セインロズドになったら、ロープが抜けちゃうから」 「じゃあ、どうするんで?」 「だから、僕の体をロープで括るだけなら、短くても何とかなりそうだから、それをそのままキャルに掴んでもらって、君たちはキャルを引っ張って、僕を引きずり出してくれないかな」 短いロープの足りない長さの代役を、キャルにやってもらうという事らしい。 「ただし、、僕が抜けた衝撃で、崩れた土砂がまた崩れる事も考えられるんだ。だから、一気に二人とも引き抜いてもらわないといけない。出来るかい?」 「ふん。俺様を何処の誰だと思っていやがる」 セインの問いかけに、海賊王はにやりと笑う。 「わかった。括ったロープから意地でも抜けんじゃねえぞ」 ギャンガルドが了承すると、針金とロープを解けないように一本に結びつけ、キャルが再び穴の中へ潜って行く。 コロコロと、土砂の上から小石が落ちてきた。 「まずいね。小石が落ちてくるなんて、また崩れるんじゃないかい?」 ジャムリムが不吉な事を言う。 「おいおい。小石くらいどうってことねえんじゃねえのか?」 「ギャンガルドは海賊だから知らないんだろうけど、こういう崖崩れは小さな石が落ちてくるだけでも、また崩れる前触れで、危険なんだよ!」 陸の事は良く分からないが、ジャムリムはこの土地で生まれ育っている。なら、彼女の言う事は真実だ。ギャンガルドは二人を急かした。 「早くしろ!」 しかし、セインからもキャルからも返事がない。 「おいおい」 キャルの足は隙間からはみ出ているが、セインの腕は作業のために中に入ってしまって見えない。 先程小石が落ちてきたあたりから、今度はざらざらと砂の塊が滑り落ち始めた。 イライラと二人の合図を待つのが、やたら長く感じられる。 「引っ張って!」 キャルの声が聞こえたと同時に、ギャンガルドとタカがキャルの足を引っ張り、ジャムリムがその二人の腰のベルトを更に引っ張る。 「せえの!」 掛け声を掛け、ありったけの力で引っ張るが、キャルの足が浮くだけでびくともしない。 「痛いってば!上に引っ張んないで真っ直ぐ引っ張れって言われたでしょう!」 くぐもったキャルの叱責に、三人は重心を低くして引っ張った。 ずるり。 まさにそんな感じだった。 斜面の上から、大きな一塊の土砂が、滑り落ち始めた。 |
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