近くの崖は、土砂崩れで更に地盤が弱まっている可能性があったので、少々川下まで下ってから登りやすそうな場所を見つけて、なんとか全員元の崖の上にまで戻って来た。 「ふう、一時はどうなる事かと思いやしたぜ」 タカが、どっかりと地面に座り込んだ。 「これまた、随分と景色が変わっちまったねえ」 ジャムリムが辺りを見回した。 二度目の崖崩れで更に広がった山肌は、赤茶けた土を晒している。 「あんたが捕まえたって言う連中は、どこにいるんだい?」 ジャムリムが見渡しながら、困ったようにギャンガルドに訊ねた。 なんにしても、一気に地形が変わってしまっている。 崖崩れと爆破による衝撃で、来た時に見た土砂の山があった道は抉れて跡形もない。本当に、元の場所に戻ってきたのか疑ってしまうほどだ。 「崖と一緒に崩れてなきゃ、そこらへんに転がってんだろ」 セインとキャルを地面へ下ろし、ギャンガルドは自分も探しにかかる。 「キャプテン、括っておくとかしなかったんですか」 「だって道具が無えだろが」 「そりゃそうですけど、こんな見晴らしの良い場所でパッと見て見つからないなんて、逃げちまったんじゃ?」 タカが珍しくギャンガルドにぼやきながら、残された道の上をきょろきょろと見渡した。 「あ」 岩の影や土の塊の下に、人のものらしき手やら足やらが見える。 走りよれば、総勢四人。保安官を入れて五人。気絶したまま、ばらばらに倒れていた。 まあ、全員無事であるらしいのは何よりなのだが。 「おや。まあ」 「うはーっ。これはまた」 「流石だねえ、ギャンガルドったら」 「だろ?」 気絶した連中を見下ろして、それぞれに感想を漏らせば、次の瞬間。 一斉に大笑いが始まった。 「な、何?みんなどうしたのさ」 離れた場所にいるセインには見えないので、楽しそうな一同を怪訝に見やる。 「ああ、旦那も見ますかい?傑作ですよ、こりゃあ」 言いながら走り寄って、タカが背中を差し出すので、負ぶわれてみる。 セインを負ぶっている間も、タカは笑いが治まらない様で、肩を震わせている。 「私も!」 一人取り残されていたキャルも、我慢が出来なくなってタカの横を抜けて走っていく。 「あ。お嬢は見ねえ方が」 タカが言い終わらないうちに、ギャンガルドとジャムリムの間へ割って入ったキャルから、変な悲鳴が聞こえた。 「ぐぎゃっ?!」 「キャル?」 「あー。遅かったか」 タカに負ぶさりながら、一足遅れて一同の下へと着いて、セインも悲鳴こそ上げなかったものの、ぽかんと口を開けてしまった。 「これは…。やるねえ?」 ようやく口から出た言葉は、悔しいながらギャンガルドを褒め称えた響きがあった。 何にせよ、こんな目に遭わせてくれた連中には、ふさわしいというべきか。 件の下手人どもは、気を失ったまま、綺麗さっぱり素っ裸にされていた。 なるほどこれは、お笑い種である。セインも遠慮なく笑わせてもらった。 「なんてモン見せんのよ!」 キャルが吠えた。 「まあまあ。元気が出たじゃねえか。良しとしようぜ?」 ギャンガルドはぽん、とキャルのふわふわの金髪に手を置くと、そのままもがくキャルをものともせずに、ガシガシと頭を撫で回した。 キャルの髪はぐしゃぐしゃだ。 「縛っとくもんも無えし、だったら手っ取り早くて良いかと思ってな」 素っ裸なら、気がついた所で逃げようが無い。逃げたところで、逃げ場所が無い。 変質者扱いされて追い出されること請け合いだ。 「苦肉の策?」 「嘘をおっしゃい。君の事だもの。楽しかっただけでしょう」 セインの冷たい視線を受け流し、ギャンガルドはわざと大仰に溜息をついて見せた。 「ま、もちろん楽しかったけどよ。つーか賢者さんよお?」 「何?」 「説教が年寄りくさ、おわ!」 言い終わらないうちに飛んできた礫を体を反らして避ける。 「いくら足が使えなくてもね。君くらいどうにでもできるよ?」 「悪かった!もう言わねぇから!」 体内にしまったばかりのセインロズドを、もう一度取り出す体勢に入ったセインをあわてて止める。 すると。 「ぐほっ!」 横から小さな足が、自分の足の小指めがけて振り落とされた。 足が小さいとはいえ侮ってはいけない。子供の全体重を乗せた思い切りのいい踏み付けは、非常に、痛い。 「髪が収集つかないじゃないの!どうしてくれるのよ!」 さらにぐりぐりと踏みにじってくれるので、ギャンガルドの瞳には、迂闊にも涙が滲んだ。 「はいはい、駄目だよ。そんなにあたしの好い人をいじめないでおくれ」 唸るキャルの両脇に手を差し込んで、ひょい、と持ち上げたのはジャムリムだった。 「意外と力があるんだね」 セインが感心して彼女を見やった。 「これでも女一人で店を切り盛りしてるからね。キャルちゃんくらいなら軽いもんさ」 言いながら、ジャムリムはキャルを下ろし、くしゃくしゃになった髪を、手櫛で整えてやったが、整わない。 「ブラシがあればねえ」 「あるわ!」 そういえば、カバンである。 「どこに行ったのかしら」 あの爆発に巻き込まれて土砂の中だとすれば、発掘は困難だし、下手をすれば川に流されている可能性もある。 「キャル。アレじゃないかな」 セインが指をさした先は、崩れた崖から離れた岩の下だった。 「あーっ!!!」 幸い、崩落からは免れていたものの、被害は少なからずあったようで。 「へこんでるー!」 遠目に見ても、窪みが出来ているのが分かった。 走り寄って蓋を開け、中身をチェックする。 「中身は何とか無事ね」 中に仕舞っている服やタオルがクッションにでもなったのか。重火器系は傷一つ無く無事だった。ついでに、財布とパスも無事で、キャルはホッと胸を撫で下ろす。 しかし、今現在一番必要なものが、鏡と一緒に大破していた。 「どうしたの?ブラシは?」 無言でカバンを引き摺りながら戻ってきたキャルに、ジャムリムが訊ねると、涙目で二つに割れたブラシを差し出された。 「あらあら。これじゃあ、無理だねぇ」 真っ二つになったブラシは、毛の部分も折れてあちらこちらを向いていた。 多分、カバンがへこんだ時に直撃でも食らったのだろう。 「うちに帰ったら、結ってあげるから」 ジャムリムが頬を撫でれば、キャルはこくりと頷いた。今にも泣き出しそうなので、ジャムリムは小さく笑うと、その小さな体をひょいと抱え上げ、片腕に抱き上げる。 「さ、帰ろうか?」 彼女のその一言が合図になって、みんなで足をそろえて帰路へと着くことになった。 「あれ、どうします?」 というタカの質問に対し、 「だって、めんどくせぇし」 というギャンガルドの意見に珍しくみんなが賛成し、裸の連中はそのまま残して帰ることにした。崖下にも、芋虫にされた盗賊が転がされていたが、それも全く同じ理由で見なかったことにされる。 しかしもちろん、彼らの衣服、持ち物は財布から小道具にいたるまで、きっちりと貰い受ける事にした。これで、目が覚めたところで裸一貫無一文言う事なし。 彼らの悪行に対する、ほんのささやかな嫌がらせであった。 「ごめんね。重いだろ?」 ギャンガルドに担がれるのを断固拒んだセインを、タカが背負っている。 「なあに、旦那一人、どうってこた無いですぜ」 「そうかい?頼もしいな」 「へへ」 何だか仲が良い二人を、ギャンガルドがつまらなさそうに見やる。 「俺の時と随分態度がちがうじゃねえかよ」 セインもタカも、一瞬きょとんとする。 「当たり前じゃないか。何を今更」 「そうっすよキャプテン。怪我人だからってどうせまともに旦那を運ぶつもりなんか毛頭無いくせに、何言ってるんです」 いかにも当たり前に批判されれば、そのとおりなので、とりあえず黙ってみる。 「キャルちゃんの髪は綺麗だねえ」 「えへへー。毎日ブラッシング欠かさないからね!」 女性陣は女性陣で、きゃっきゃきゃっきゃとギャンガルドの後ろで、先程から可愛らしい会話に花を飛ばしていた。 「俺、一人で浮いてる?」 「さあ、どうでやしょ?」 「浮いているって思うから浮いているんじゃない?」 「帰ったら髪、綺麗に結ってあげようね」 「ジャムリム大好き!」 ぼそりと呟いた言葉に、反応してくれた二人は冷たく、残る二人は聞こえてもいなかったのか、完全に無視だ。 「ううー。あいつら、裸にするだけじゃなくて皆川に流してくりゃ良かったぜ」 要するに八つ当たりなのだが、これには全員の賛同を得た。 「ホント、身包み剥いで真っ裸にするだけじゃ足りないよね」 「どうせなら土砂の中に埋めてしまいたかったわ」 「発破なんか、あんなところで使って何するつもりだったんだか」 「ああ、多分それ、客の足止めだわ」 「えー」 そんなことを言っているうちに、村の入り口にまで辿り着いていた。 「あの馬」 タカに負ぶさったまま、セインが木の影を見やった。 「あれ?あの子」 キャルも気が付いた。 つられて、全員が一斉に視線を向ければ、道から外れた野原で、草を食む馬を見つけた。 馬も、こちらを見つけたらしい。ゆっくりと近寄ってくる。 「僕らを乗せてくれた馬だよね?」 ギャンガルドたちを探しに行く途中、保安官から勝手に拝借したあの馬だった。 「戻ってきていたんだね」 擦り寄ってきた馬の鼻面を撫でてやろうと手を伸ばすと、動けないセインを気遣ってか、体ごと擦り寄ってくる。 「うお、旦那、逆にあぶねえですぜ?」 「ああ、ごめん」 どうも、背中に乗れといっているらしい。 「でも、もうすぐジャムリムの家でしょ?」 遠慮がちに彼女へ問えば、気前の良い笑顔が返ってきた。 「大丈夫。うちには客用に厩もあるからね。ま、乗ってもすぐ降りる事になっちまうだろうから、連れてくれば?」 ありがたい申し出だった。 「ハイ、馬ゲット!」 キャルが嬉しそうに馬の顔に抱きついた。 思わぬところで馬を調達できた一同は、ようやくジャムリムの家へと辿り着く。 結局のところ、すでに日は随分と傾いてしまっていて、もうすぐ夕焼けが見られるだろう。 「今日はうちへ泊まっていきなよ。店は閉めちまうからさ!」 ジャムリムのありがたい提案により、結局、もう一泊この村に滞在する事になった。 肝心の駅馬車については、タカが調べてきてくれたので、セインはそれを、彼の手当てを受けながら聞いている。 ジャムリムは自分のブラシを取り出して、約束どおりキャルの髪を結っている。 ギャンガルドは小腹が空いたのか、台所を借りて、ハムをスライスしていた。 心和む光景というヤツだ。 「なんだか、久しぶりな気がするよ」 「へ?何がです?」 痛む足を手当てしてもらいながら、ぽつりと呟けば、タカが包帯を巻く手を止めた。 「ギャンガルドがいるのに平和だなあって思ってさ。その原因を考えていたんだけど」 和みながら思ったことを、本人たちに言えばどんな顔をするのか見物ではあるが、言ってはいけないことなので、タカにだけ、こっそり耳打ちすると、目をまん丸に見開いて、何度もセインの顔と、自分の後ろの三人との間に、視線をさ迷わせた。 ギャンガルドがお父さんで、ジャムリムがお母さん。 「確かに、内情を知らないヤツが見たら、そう見えるかもしれませんがね」 「面白いでしょ?」 そう言えば、タカは苦笑いした。 「おれっちには、旦那とお嬢のほうが、家族に見えますがね」 「そう?僕には、君たちクイーン・フウェイルのみんなのほうが、家族に見えるよ」 セインとタカと、顔を見合わせて小さく笑いあった。 ギャンガルドがいるのにゆったりした時間が流れているのは不思議な感じで、できればこれからもそんな時間を過ごしたいところだ。 「しっかし、あの盗人連中、結局何がしたかったんでしょうかね?」 再び、包帯を巻き始めたタカに両足を委ねながら、セインはふい、と、窓の外を見やった。太陽の光が、金色に変化し始める一歩手前。西日が、暖かな恩恵を村にもたらしている。 「彼らの持っていた物と、あの身のこなしから察するに、まあプロ集団であることに間違いは無さそうなのだけれど」 あの素っ裸で転がっていた中に、昨夜の刺客の顔は無かったように思う。また、土砂崩れが起きる前に追い落とした中にも、いなかったと思われ。 「また、来る様な気がするけど」 なんとなく、そんな予感はしていた。 |
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