「明日こそ、村から出られるかしら」
 ふと心配そうに呟くキャルに、タカがぽんと手を叩く。
「馬車は出るみたいですぜ」
 しかし、今日の爆発騒ぎで、道は分断されたままのはずだ。
「タカが聞いてきてくれたんだけど。明日出る駅馬車は、一旦僕らがこの村に入るまで辿ったあの道へ出て、そこから迂回路を取るらしいんだ。盗人騒ぎと、あの爆発で、どうも旅行者が騒ぎ始めたらしくてね」
 都市へ向かうには随分と遠回りになるが、それでも盗人が出て、妙な爆発音が聞こえる村にいるよりずっといい、ということになったらしい。セインが、タカの話を分かりやすく説明した。
「でも、あの道だって嵐の影響がなかったわけでもないんだろう?」
 ジャムリムが口元まで持ち上げたスプーンを、そのまま下に下ろす。
「なんだかあの保安官に邪魔されて、先まで見に行く事ができなかったらしいのだけど。客の意見を尊重したみたい」
「あの保安官。ますます怪しいわね」
 セインの答えに、キャルは落馬した保安官を思い出す。あのまま馬にでも踏まれていたら良かったのに。
「それじゃ、行き当たりばったりで馬車を出すって言うのかい」
 ジャムリムのもっともな疑問には、直接組合から聞いてきたタカが答える。
「らしいですぜ。向こうは山が無いから平坦だし、馬車がぬかるみに嵌るか、倒木で道が塞がれるかしても、大丈夫だろうって事になったようです」
「とにかく、これであの盗人連中と保安官が組んでいるっていう可能性は高くなったわけだ。つーか確実に決定だろう。旅行客をこの村に閉じ込めて、何がしたかったんだか」
 ギャンガルドの言うとおりで、おそらくはあの保安官二人と盗人組織は手を組んでいたに違いない。嵐で足止めされた旅行者から、盗めるものは盗んでおきたかったという事か。
「だったら、あんな爆発騒ぎを起こして客を閉じ込めておくより、新しい客を入れて、どんどん盗んだ方がお金になるんじゃない?」
 キャルがパンをちぎって口に放り込む。
「そうでなければ、誰か特定の人物の足止めをしておきたかったか」
 セインの呟きに、一同一斉に顔を上げた。
「ふむ」
「やっぱアレですかね。邪魔したいんですかね?」
 そう考えるのがやはり自然なのだが、本来の目的が本当に自分たちなのか、いまいち確証に欠ける。
 なにせ、相手が盗人というのも何故なのか良く分からない上に、自分で爆薬を仕掛けて失敗し、仲間もろとも気絶して伸びているような連中だ。いくらか腕はあったようだけれども、間抜けとしか言いようが無い。
 昨夜の刺客も、結局何が目的だったのか分かっておらず。
 なんとなく、襲われたので自分たちが目的なのだろうか?という予想に止まってしまう。
「考えていたって仕方が無いさ。もしかしたら僕ら以外の何か重要人物がお忍びで来ているのかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。あんな間の抜けた盗人集団に依頼する方も間が抜けているのだろうから、気にしないでとにかく明日の事を考えようよ」
 セインの言う事ももっともだが、すっきりしないと言うのは何とも気持ちが悪い。
「うーん…。それはそうなのだけど」
 スプーンを咥えて、キャルが考え込む様相を見せる。
「賢者の言うとおり、心配していたって始まらねえさ。いいか?振り向くなよ。奴さんたち、そこにいるぜ?」
 ギャンガルドが窓の外を視線で示した。
 キャルとタカと、ジャムリムが、窓に視線を移しそうになって、一瞬固まった。
「なんだ。気がついていたの」
 セインとギャンガルドだけが、何でもないように食事を進めている。
「おう。おりゃ、これでも背中に目が付いてんだ」
「わー、かいぶつだー」
「棒読みで冗談返してんじゃないわよ!」
 ごいん
「痛い…」
 殴られた頭をさすりながら、セインはズレた眼鏡を、中指で押し上げて掛け直す。
「あんた自分が動けない事を忘れているんじゃないでしょうね!?」
 キャルに睨まれながら、へらりと笑う。
「タカのおかげで随分マシになったけど、結構痛いのに、忘れていられるわけないじゃないか」
 どごん!
「あうう!痛い!ほんとに痛い!」
「い、た、い、よ、う、に、し、て、ん、の、よ!」
 テーブルの上に勢い良くおでこを押し付けられて、セインがじたばたともがく。
 スープ皿に直撃しなかったのは不幸中の幸いか。
「痛いんだったら痛いって顔してなさいよ!わかんないでしょうが!」
「ごめんなさい?」
 泣きながら謝るセインに、キャルも手を離す。
 起き上がったセインの額は、見事に赤い。
「うう。ひどいよ」
 赤くなった額をさするセインを、ジャムリムが呆然と見つめている。
「あ」
 セインと彼女の視線がかち合った。
「ぶっ!あははははははは!!」
「あー。そうですね、そうなりますよね」
 爆笑するジャムリムと、がっくりと肩を落とすセインは対照的だが、そこで感心している場合でもない。
「お。来るぜ?」
 ギャンガルドの言葉の直後。
 誰かが玄関のドアをノックした。
 一瞬にして、賑やかだった食卓は緊張に包まれる。
「どなた?」
 ジャムリムが、家主らしく声を上げる。
「・・・・・・」
 暫く待ったが、返事は無い。
 がたりと席を立ち、扉へ向かおうとしたジャムリムを、ギャンガルドが引き止めた。代わりに、がしがしと頭を掻きながら、自分で玄関へと赴く。
「まったく、今日の今日だろうが。お忙しいこって!」
 言いざまに、ドバン!という激しい音とともに、扉を蹴り上げた。衝撃に、勢い良くへし折れながら、扉が吹っ飛ぶ。
「ぎゃ!」
 蛙が潰されたような声は、蹴られた扉とともに飛んでいった男のものだ。
 外の空気が殺気立つのも構わずに、のそりと、海賊王は外へと踏み出した。
「中にゃあ、俺の女と怪我人に、ガキがいるんでな。こういう事は他所でやってくんねぇかい?」
 宵闇へと差し掛かった薄暗い外の空気に、ギャンガルドの眼光が浮かび上がる。
「何が目的か知らねぇが、気に入らねぇなあ」
 ボキボキと指を鳴らし、ギャンガルドがジャムリムの家から溢れる逆光を背に、路地に一歩、また一歩と歩き出せば、ざわざわと気配が揺れる。
「ふん、四人か。随分減ったもんだ。それとも、盗人どもは囮で、お前さんたちが本物かい?」
 闇にまぎれたつもりでいたのだろう。人数を言い当てられた男たちは、一斉にギャンガルドへと襲い掛かった。
「ふん」
 鼻で笑うと、ギャンガルドも姿勢を低く構え、まずは一番近くにいる全身灰色の男の脇へと、一瞬のうちに踏み込んだ。
「遅いぜ」
「?!」
 ドン!
 驚愕に目を見開く灰色男の腹に一発、強烈なストレートをぶち込めば、胃の中から様々な物を吐き出しながら、向かい側の民家の壁に激突した。
「きったねぇなあ。ちゃんと掃除してから帰れよ?」
 次に、怯んだのか一瞬足の止まった右横にいた黒尽くめの男の頭に、そのまま回し蹴りを喰らわせ、地面に顔面を打ちつけたところで頭を踏みつけた。
「ぐげっ」
 小さな悲鳴を残して気を失ったのを踏み台に、同時に前後の屋根から降って来た男たちのうち、眼前の男へ向かって迷わず跳び上がる。
 その行動そのものが予測不能だったのだろう。飛び掛られた男は、被っていた覆面から除かせていた眼を、驚愕に見開いた。
「海の男を舐めんなよ?」
 擦れ違いざまに囁き、うなじの上辺りを両手を組んで殴りつければ、あっさりと落ちた。
 残った最後の一人はと言うと。
「あれ?」
 しっかりとジャムリム宅へ押し入って、怪我をして動けないセインの喉元に、ナイフを当てていた。



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