「次の一人で最後だ。妨害が入りそうだけど、やっちゃって良いよね?」 にこやかに物騒な事を言うセインの笑顔が怖かった。 そうして、そんなヤル気満々宣言をしたと思えば、セインがクレイの腹を軽く蹴った。 「キャル、ちゃんと掴まっててね」 言うなり、クレイの走る速度が上がる。 両手を合わせ、ずるりと掌からセインロズドを引き抜くと、そのまま横に薙いだ。 キン! 甲高い金属音が響き、地面にナイフが突き刺さる。 セインが弾いたのだ。 後方に置き去りにされる形になったギャンガルド達がそれに気づくと同時に、街道沿いの林の中から木の上から、雨あられとナイフが飛んできた。 「へ!そう来なくっちゃなぁ」 ギャンガルドがぺろりと下唇を舐める。 「タカ!ジャムリムの護衛に着いとけ!」 「アイアイサー!」 おどけた自船のコックの、軽快な返事を聞きながら、ギャンガルドがセインの後を追ってナイフの雨の中へ突っ込んだ。 「こんなとこで待ち伏せとかふざけてるわ!」 そう言いつつも、馬上ながらキャルの銃は確実に頭上の敵を仕留めていく。 「賞金もらえると思えばいいんじゃない?」 セインはセインで、器用にナイフを弾き、避けながら、時にはナイフを受け止めて投げ返しつつ、飛びかかって来る男どもを叩き落して行く。 「景気が良いじゃねえか!」 「こんなことで喜ぶのは君くらいだよ」 「何なら全部あんたにあげるわ」 喜色満面で馬を横付けるギャンガルドは、馬の足元にセインが気絶させて落した刺客がいようがお構いなしで、時々馬に踏みつけられて「ぐえ」なんて声が聞こえる。彼らが内臓破裂で死んでない事を祈るばかりだ。 「おう!俺にくれるってんならうれしいねぇ!」 セイン達を追い越し、ギャンガルドはドカドカと降り注ぐナイフを弾き返す。 あまりのその勢いに、投げるナイフが無くなれば、今度は一斉に切りかかって来た。 「僕、確信があるから飛び出したんだけど、まあいいや」 ギャンガルドの生き生きとした背中を、半ば呆れながら見つつ、セインがクレイの足を遅くさせれば、タカとジャムリムが追いついた。 「旦那、どうしたんでやすか?」 「見ての通りよ」 目の前で繰り広げられるギャンガルドの暴れっぷりを指差して、タカの質問にキャルが答える。 「あ。タカ。ちょうどいいや。キャルとクレイを預かっててくれる?」 「へい?」 セインが、ひょい、とクレイから降りて手綱をタカに渡すので、思わずそのまま受け取った。 「あと、危ないから僕からちょっと離れてて」 「言う事聞いといた方がいいわよ」 「へ?」 状況が飲み込めず、ただ、キャルとセインがそう言うので、とりあえずキャルを乗せたクレイとジャムリムを伴って、ナイフも届かないだろう後方まで距離を摂った。 セインは、というと、にっこりと笑ってひらひらとこちらへ手を振っている。 見たところ、その手にはセインロズドが握られているので心配はないとは思いつつ、思わず手を振り返して、タカは不思議そうにキャルを見た。 「えーっと、お嬢?」 「ん。あいつらの狙いって、多分セイン奪還なのよね」 「…はあ…あぁ?!」 最後のパンナの兄妹へ会いに行くのを邪魔しに来たのかと思えば、そうではないというキャルの言葉に、一瞬訳が分からなかったが、思い当たることがあったので変な声が出た。 「ふうん?他の家庭教師候補は逃がしても、セインの旦那は逃げられたら困るってことかい?」 タカの代わりに、ジャムリムが納得した様に微笑んだ。 「そういう事。多分、王都の貴族あたりの差し金じゃないかしら」 キャルがおもむろに銃を打ち、飛んで来たナイフを弾いた。 見れば、彼らはギャンガルドを無視してセインに襲いかかっている。 「コラ!お前ら俺様を無視すんじゃねえ!」 ギャンガルドも、自分に向かってくる人数より、セインに群がる相手の数の多さに、馬首を巡らせて引き返す。 セインはセインで、向かってくる敵を、久しぶりに動く両足の嬉しさからか、くるくると円を描きながら、わらわらと倒して行く。 「もちろん、長男に来てもらっちゃ困るって言うのもあるんだろうけど?」 言いながら、スカートの下から二丁目の銃を取り出して、セインの援護射撃を始めるキャルは機嫌が悪そうだ。 「あの執事が自分でセインを誘拐した時点でおかしかったのよ。そんなの、手下にでもやらせときゃよかったものを、セインだけは慎重に自分で攫ったわ。セインの腕前を目の前にしていたっていうのもあるんだろうけど、同時に歩く事も出来ないって知っていたはずよ」 歩く事も出来ない人間を、わざわざ自分で連れ去ったという事は、それだけの理由があるのだ。 「そういや、以前とっちめた連中の持っていた親書、どうしたっけ?」 「棄てたわよ、そんなもん」 ドン、とキャルがさらに一発撃つと、それが最後であったらしい。銃をスカートの下に戻したので、タカが顔を上げて前方を眺めれば、上機嫌でギャンガルドがこちらへ戻って来ていた。 セインはセインで、こちらに背を向けている。多分、セインロズドをしまっているのだろう。確かに、体内に剣を入れ込むあの光景は、あまり何度も見たいものではない。 本人はけろっとしているものの、見ていて痛そうだ。 海賊が何を言うかと思われそうだが、それはそれ、これはこれである。 「お疲れさま」 ジャムリムが、馬上でバランスがとりにくいだろうに、構わずギャンガルドに抱きついてキスをする。 「おう」 ギャンガルドもギャンガルドで、体重をかけるジャムリムの腰をしっかり捕まえてキスを受け取った。 「どうしたの?キャル?」 一人、徒歩で戻ったセインが、クレイの手綱をタカから受け取って、キャルを見上げた。 ちゅ。 「え?」 額に、柔らかな感触がした。 「…何?」 「え、な、何でもない」 額を手で抑えて見上げれば、キャルに睨まれて慌てて眼を反らす。 とりあえず、クレイの背に跨って、次の目的地へと進みだす。 今のって、キスだよね? 額をそっと触る。 キャルがそんな事をしてくれた事は今までなかったので、いまいち自信が持てず、ふと、自分の腕の中に納まっているキャルのつむじを見る。 「あれ?」 キャルのふわふわの金の髪から覗く小さな耳も、一緒に見えた。 「さっきから何?」 「えへへー。何でもないよ?」 今度はこっちを見もしないキャルに、セインは自然と顔が緩んでしまう。 ちらちらと、クレイに揺られて除くキャルの耳は真っ赤だった。 「お?旦那、急に機嫌よくなりやしたね」 「うん。ちょっとやる気が出て来た」 機嫌が良くなりついでに、セインは段々とクレイの足を速める。 「ねえ、キャル。さっきの連中だけど」 「多分、セインの考えている通りだと思うわ。遠目にも、ギャンギャンには飛び道具使ってたけど、セインには直接飛びかかっていたもの」 それは、致命傷になろうが構わない相手と、そうではなく捕まえたかった相手との差だろう。 もちろん、セイン相手に切りかかろうが飛びかかろうが、相手が悪すぎた。両足が使えないならまだしも、今は足の踏ん張りが利くのだから。 「じゃあ、やっぱり僕狙いか」 ジャムリムの住んでいた村で、セインとキャルが襲われた。国王の命を受けているギャンガルド達の邪魔をしに来たのかと思ったが、結局のところ、セインの腕前を勝手に見込んだ貴族の誰かが、セインを我がものにしたかった、という事が分かった。 セインロズドの事がバレたわけではなかったので、キャルとセインの二人で心底ほっとしたのを覚えている。 「あの命令はまだ有効だ、って事かあ」 深々と溜め息を吐く。 「うんざりする気持ちもわかるけど、どうなのよ?」 「どうなのよって?」 「カントが関わってんのかって事よ」 「まあ、この兄妹仲良し縁結びの旅を邪魔してんのも彼だしね」 セインがクレイの足を止め、街道の道案内の看板を確かめながら呟く。 道を間違っていない事を確認したのか頷くと、後ろの三人に手で合図を送って、また進み始める。 「仲良し縁結び…」 「だってそうでしょ?」 あながち間違ってもいないが、その表現はどうなんだと、キャルは肩を落とした。 「多分、今までの行動を見るに、彼は随分な野心家の様だし。プライドも高いと思うし」 セインは首をかしげ、考えながら喋っている。どうやら、頭の中で整理しているらしい。 「あの領地にいたって、いくら主人を欺こうが、操ろうが、彼は領主になれるわけではないでしょう?」 それはそうだ。あの壁の町にいる限り、彼は最後まで「執事」だろう。 「なら、あのパンナよりももっと位の高い人物にとりついて、今以上の地位を得たいと思っている筈だよ。自分はこんな所で、こんな地位で終わる人間じゃない、てね」 「あー、すっごく思ってそうだわ」 「でしょ?」 セインの推測に、キャルがうんうん、と大きく頷く。 「きっと僕を欲しがってるとかいう馬鹿な貴族に、取り入るつもりなんじゃないかな」 「世の中、権力者に馬鹿が多いのは何故なのかしらね」 「何故かな。永遠の謎だね」 呆れたキャルの溜め息に、セインは睫毛を伏せたが、キャルは前を向いていて、セインの表情の変化には気付かなかった。 「さて。着いたみたいだよ」 目の前にはどっしりとした佇まいの、頑丈そうな屋敷が建っていた。 「ここか?」 ギャンガルドが馬を寄せて来たので、セインが頷いて肯定する。 「ここが、兄妹の長男のお宅だよ」 見上げれば、黒々とした壁に、瑞々しい蔦の緑が這い、それが美しい。 「何か用かね?」 明るく、間延びしたような声がして、全員で閉じられた格子の門の奥を見た。 「凄いな。気配がなかった」 「そうね」 「…へえ?」 気の抜けるような声の主は、キャルやセイン、ギャンガルドに、まるで気配を感じさせなかった。 「こちらは、パンナ様の兄上様、トルム様のお宅ですか?」 クレイから飛び降り、セインが礼をとって訊ねれば、快活そうな老人は、ニコと笑って頷く。 「…ほう?妹のお使いかね?」 「いえ。パンナ様の伴侶であります、クロム公の使いです」 セインが頭を下げてそう告げると、トルムというこの老人は、じっと全員の顔を見た。 「ふむ、良かろう。中に入りなさい」 言うと、一見細いその腕で、軽々と鉄の格子の扉を開けて、五人を屋敷の中へと招いたのだった。 |
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