「そもそも、君、ここにはさっき到着したように見せかけていたけれど、あれどうして?」

 実に楽しそうなガンダルフに、ちらりと視線を向けてセインが先ほどから気になっていた疑問を口にする。

「む。気付いておったか。流石だな」
 常に国王の近辺を守る近衛隊の姿を、セインはこの宮殿に到着した時から確認している。

 国王が辿り着く前の安全確認という可能性もあったが、国賓も訪れているのだから、入場者は入り口で確認されるうえに、不審物のチェックなどは常に行っている筈だ。なのに、国王の側近である彼らが、敢えてその警戒態勢を敷くとは考えにくい。なら、考えられる事は一つだ。

「先にこの宮殿に到着しておいて、それを部外者に知られるわけにはいかなかった。違う?」

 彼ら近衛隊が警戒していたのは、国王が到着予定時間よりもはるか先に、この宮殿に居るという事実の漏洩だったのではないか。

 セインが問えば、国王は眼を丸くして見開いた。

「なんだ。おぬし、千里眼でも持っておるのか?」

「そんなわけないでしょう」

 鼻で笑ってやったのに、国王の表情は楽しそうだ。

「うむ。ちょーっと、懲らしめねばならぬ輩が居たものでな。誘い出して奮縛っておった」

 にこにこと、上機嫌に言われた内容に、セインの眉が跳ね上がった。

「もしかして、その縛っといたって!?」

「うむ。トイコスの執事を騙くらかした、うちの貴族だ」

 ひょい、と、マドレーヌを口に入れた国王は、もぐもぐと口を動かした。

「ほう。美味い。紅茶のお代りは無いのか?」

 何処までもマイペースなこの男は、そのまま空になったティーカップをセインに突き出した。

「ちゃんと説明してくれたら、何杯でもお代りさせてあげるけど?」

 セインもにっこりと対応した。

「・・・その笑みは怖いんだがなあ?」

「誰かさんが僕を怒らせるからでしょう?」

 いいから、話せと言外に要求してやれば、国王は眉尻を下げて、何とも情けない顔になるが、わざと作られた顔には騙されないセインである。

 冷たい視線を返してやった。

「まあ、こちらはこちらで、申し訳ないが早々に事を済ませておきたかったのでな」

 話す気になったらしい国王の手から、カップを受け取って先を促す。

「トイコスの執事を、男爵家の跡継ぎが金と地位を分け与えてやると誑かしたようでな。この男爵家は男爵家で、裏で隣国ガラムントと繋がっておって」

 そこまで聞けば、だいたいの予想が出来てしまい、セインはヒクリと引きつった頬を無理やり動かして、ガンダルフの言葉をさえぎった。

「もしかして。あのバルバロッサという彼女のマスターと関係するんじゃないでしょうね?」

「お。良く分かったな。話が早くて助かるわ」

 呑気に肯定されれば、頭痛がしてきたような気がして、セインは思わず頭を抱えた。

 剣を身の内に宿した不老不死の女と、権力者の最たる王族が一緒になって、この国に赴いたのには理由があるはずだ。

 まさか、普通にセインロズドの復活の噂を聞きつけて、隣国とはいえ二人で遠方くんだりまでやって来たわけではあるまい。

 セインと同じような存在を手にしているなら尚更だ。

 では、そこには目的があるはずだ。

 今回の祭りに便乗して集まっている他国の権力者たちにもそれは言えることではあるのだが、あのバルバロッサの態度からすると、セインを仲間に引き込むか、もしくは抹殺してしまうか。

 どちらかだろう。

 それらの事柄を、その男爵とやらを通じ、あの壁の町で野心をくすぶらせていた執事を使い、達成させようとでもしていたのではないのか。

 いや、あの執事だけではない。おそらく国中に、彼らの手が回っている筈だ。

 下手をすると、そういった連中に、セインの正体がバレてしまっている可能性がある。

「ザラムントの王子はドラテといってな。あの王族の中では相当に頭が切れる。でもまあ、何考えてんだか分らん奴でなあ。ただ、あの国はうちを欲しがっている事だけは確かだ」

 国王ガンダルフ二世が言うところの、うち、とは要するに、この国そのものであるという事だ。

 国を掌中に収めようとするなら、方法はいくつかあるが、どれを選んでも争いごとになるのは必須だ。

 そもそも、セインと同じ存在を従えているというだけで、目的は分かっているようなものだ。

 強大な力と、それを振るえる絶対的な権力。

「あたし、あの女のひと嫌いだわ」

 唇を尖らせるキャルに、セインが瞬きする。

「どうしたの?キャルがそんな事言うなんて珍しいね?」

「そう?」

「うん」

 好きな相手には褒め言葉を連発する事も厭わないキャルだが、今まで、嫌い、という言葉を口にした事は無かった筈だと、セインは首を傾げる。

「あたしにだって、気に入らない人くらい居るわ」

「そっか。まあ、いきなり襲われたしね。僕も確かに、好きじゃないけど。どちらかと言ったら、彼女より、彼女の主の方が、僕は好きになれないな」

 あの、凍りつくような暗い瞳。

 ゾッとして鳥肌が立った。

 人を値踏みするような眼差しを向けられて、不愉快さを感じたのも確かだが、その瞳の奥の、暗い炎の色が垣間見えた時、セインの全身が警鐘を鳴らしたようだった。

「ふん?」

 ガンダルフが自分の顎をつまんで、にやりと笑った。

「…碌なことを考えていらっしゃらないようですな?」

 ラオセナルが、視線も向けずに呟く。

「お?おお?碌な事って、ラオ…」

 情けなさそうに眉尻を下げた国王だが、声が楽しげだ。

「ま、奴らがけし掛けた連中には、セインロズドの正体が知られてしまっている可能性は低いから、安心するがいい」

 気楽に、ガンダルフがそんな事を言う。

「どうしてそんな事が分かるのさ?」

「男爵を捕まえたと言っただろう?まあ、他にも何名か焙り出したんだが、要するに奴らはザラムントと通じて、国内の腕に覚えのある連中を密かに集めていたらしい」

「は?」

 きょとんとした声はキャルだ。そんな事をして、何になるというのか。

「内乱を企てたか、と思ったんだがな。連中もそんな事を言っていたが、話をつきつめれば、集めた人材をそのままザラムントに引き渡していたらしい。それでは内乱など起こせまい?」

 あの執事も、腕利きを集めて、その中にかの国のお眼鏡にかなうような者が居れば、あの壁の町とその領土をくれてやると約束されていたようだと、ガンダルフは溜め息を零す。

「ザラムントはおぬしを探していたと考えると、納得がいくとは思わんか?」

 セインの眉が跳ねた。

 国中の腕の立つ人間を集め、何か騒動を起こすわけでもなく、他国へ引き渡す理由。

 相手国が何か企てごとをして、戦争でも何処かに仕掛けようとしているなら分かるのだが、選別してだいたいが返されてしまうのだという。

 それでも、差し出した人間を気に入れば、差し出した側にはザラムント側への逃亡と、それなりの地位と領土が与えられる約束になっていたらしい。

 国中に蜘蛛の巣のように網目を張り巡らせるつもりであったのが、意外に早くセインがその網目の一本に引っかかってしまっただけの事で。

「おびき寄せてとっ捕まえたのは、まあ、六名ほどか。皆地位が低いが、それなりに野心を持っておったわ。巧く人選するものだと、感心してしまうくらいにの」

「僕を探していたっていうのは?」

 おどけて見せるガンダルフに、セインは視線を向けた。

「ふむ。まあ、ザラムント側の、要望がな。それなりの剣技を持ちながら、帯剣しない男、とやらでな」

「・・・聞いただけでは意味が分かりませんが、なるほど、セイン様の特徴でもありますな」

 セインはその身に剣を宿す。腰に剣を履かずとも、身の内からいつでもセインロズドを呼び出せるのだから、帯剣する必要はない。

 そもそも、剣の切れ味が良すぎて鞘が意味をなさない。

「そんな人物を探すのに、それなりの地位やら領土やらを約束するとなると、いささか大げさに過ぎますが、探しているのがセインロズドとなると、納得できますな」

「それに、腕が立つ人間を集めるなら、剣に限らずとも良い。帯剣していようがいまいが、構わないのが普通ではないか?」

 ラオセナルが、空になったカップを置く。

「セイン様。彼らは貴方を襲ったと言いましたな?」

 ガンダルフとラオセナルのカップに、新しい紅茶を注ぎ、セインはこくりと頷いた。

「いきなりだったから、彼女の目の前でセインロズド出しちゃったよ。・・・あれは拙かったなぁ」

 自分で答えを教えてしまったようなものだが、あの場で剣を抜かなければ、セインはまた、しなくても良い怪我を負っていただろう。それは困る。

「ザラムント側から王子とその従者を寄こすと報告された際に、これは掃除に使えると思ってな。利用させてもらったわけだ。おかげで色々捗ったわ」

 感謝するぞ!などとにやりと笑ったガンダルフから、セインはさりげなく菓子皿を遠のけた。

 問題の国から使者が来るからと、たやすく身の内の錆を吐き出してしまうのだから、ずいぶんと前からザラムント側の動きを捉え、把握していたに違いない。

「僕で色々大掃除するのやめてよ」

 拗ねたように口を尖らせれば、ガンダルフは面白そうに笑う。

「前回も助かったなあ!あれは不可抗力だったが、役場の連中に権力を与え過ぎていたとこちらも反省してな。色々条約を変更してみたわ」

「前回は市制側の腐敗を焙りだして、今回は貴族側ですか」

「うむ。両方綺麗にしてこそ、税金の無駄も無くなるというものだからな」

 今回のこのお祭り騒ぎも税金の無駄とは言わないのかとセインやキャルなどは思ってしまうが、降って沸いた国王あげてのお祭りに、喜んでいるのは国民であるらしいので、そこはそれ、なのかもしれない。

「お?届かん」

 ガンダルフが伸ばした手が、菓子皿に届かず、セインは少し溜飲を下げながら知らんふりをした。
 物欲しそうな顔をする国王を、ラオセナルも無視することにしたらしい。

「まあなあ。元々ザラムント側に聖剣セインロズドと同じような剣を持つ剣士が居る、というのは予も最近になって知った情報でな。・・・お節介だったか?」

 これは、彼なりに色々配慮はしてくれていたのだろう。だがしかし、こちらの意思はほぼ無視してしまっている時点で頂けない。

「お節介も何も。その情報をわざわざ海賊を使ってまで教えに寄こして、私たちの旅を中断させるくらいなんだから、お節介以前の問題だわ」

 キャルが、セインが引き寄せたおかげで取りやすくなった菓子皿から、マドレーヌを取った。

 もふもふと頬を膨らませて齧りつくのは、言いたい事のある色々を、飲み込むためだ。罵倒したいが、やってはいけない。何せ相手は王様で、彼の臣下がすぐそこに居る。

 身分など気にはしないが、控える近衛の彼は気にするだろう。一応、気を使っているのだ。これでも。

「でな。まあ、同じ剣同士気にはなるだろうと思ってな。向こうがこっちに来るっていうんだから、会わせてやろうと思っておったんだが」

「まさか、彼らをおびき寄せるために祭を開催したわけではないでしょうな?」

 ラオセナルが呆れた顔をすれば、ガンダルフは首をかしげた。

「それは違うぞ?たまたま祭を開催するぞーって、国内外に宣伝したら、向こうが引っかかってきただけだ。何だほれ?海老で鯛が勝手に釣れた感じだな!」

「微妙に意味も使い方も違いますが、言いたい事は、まあ、分かります」

 何だか得意げな国王に、教育係は額を押さえた。

「兎に角!僕らはあんな危険人物になんか、関わり合いたくなんかないんだ。この宮殿には、まだあの二人が居るんでしょう?目立たないようにとっととクイーン・フウェイルの皆に会いに行って、とっととラオの屋敷に行きたいんだけど?」

 だいたいの経緯は把握できた。国王は本当に、ただ楽しんでいるだけなのだろう。

 この祭にだって、ザラムントの二人が来なければセイン達を呼び戻しなどしなかっただろう。

 しかし、これだけの為に使いに寄こされ、あまつさえ自分の船と乗組員全員を人質に差し出した海賊王は、本当に馬鹿かもしれない。

「ギャンギャンも、楽しんでるだけっていうのがねー」

 キャルもラオセナルと並んで深々と嘆息した。

「そう呆れるもんでもなかろう?あれにはあれの都合、予には予の都合がある」

「わたしたちの都合はどうでもいいのね?」

「我が家の都合もどうでも良さそうですしな?」

 キャルとラオセナルに睨まれて、ギャンガルドは頬をひきつらせた。

「自業自得だよね?」

 セインがにっこり微笑む。

「でもまあ、ほれ。害虫は駆除できたぞ?」

「身の内の虫を駆除しても、外来の害虫はどうする気?」

 問題のザラムントだけではない。海外から賓客と称して様々な人間がこの王都に押し寄せている。

「ふん。それくらい捌けぬ予だと思ってか?」

 人の良さそうな笑顔をつくって見せるガンダルフに、セインは方眉を跳ね上げて、じっと彼の顔を観察する。

「なるほど?」

 国内の悪い虫だけでなく、国外の害悪も一斉に駆除するつもりらしい。

「そのへんは、分かっているだろうけど僕らは手を貸さないし。手を貸す必要もなさそうだね」

「ほ?予の評価が上がったか?!」

 ニマニマと、今度は人の悪い笑みに変わったガンダルフの鼻に手を伸ばして、思いっきり摘みあげてやる。

「いだだだだだだだ」

「評価を上げたかったら、そういう言動はしないようにね!」

 がたん!と、近衛兵が剣の鞘に手を掛けて、一歩を踏み出したので、セインもガンダルフの鼻から手を離して、両手を上にあげて害意が無い事を示す。

 そうすれば、肩の力を抜いて元の姿勢に戻るのだから、たいしたものだ。

「君には勿体無いくらい優秀な子たちじゃないか」

 そんな近衛兵を見て、セインが優しく笑えば、ガンダルフがぎょっとして身体を強張らせる。

「なに?」

「いや、おぬしもそんな風に笑えるのかと」

「・・・君って、本当にギャンガルドと似ているよね」

 失礼なことこの上ない。いったい自分を何だと思っているのか聞こうと思ったが、どうせ「大賢者・聖剣 セインロズドだ」という答えが返って来るだけなので、口を閉じ、席を立つ。

 無言で全員のカップを集めて、ポンプから水を汲んだ樽の中に入れて洗うと、キャルが隣に立って、洗ったカップを付近で拭い、元あった場所に片付けていく。

「あれ?」

「あれじゃないでしょ。もうお話は終わり。ここにもあの二人が居るようじゃ、長い出来ないし、僕らはさっさと退散させてもらうよ」

 掛けてあったタオルでキャルの手を拭い、自分の手を拭いつつ、セインが思わぬところで開催されてしまった茶会の終了を告げる。

「あの二人っていうのは、どちらかの?」

「ギャンガルド達は多分、もう船に帰っているでしょ?僕が言っているのは例のザラムントの王子と従者だよ」

 分かっているくせにいちいち訊ねて来るのが気に入らない。

 ギャンガルドは今夜出港すると言っていた。

 先ほどホールで踊ったのは、多分にジャムリムの為だ。用が済めば、早々に船に帰るだろう。
何せ海賊が、ずっと陸の上に居たのだ。海が恋しいに違いない。

 それに、長らく封印されてきたセインロズドの封印が解かれた事を、なぜザラムントが把握していたのか。この国の人間でさえ、セインの正体を知る者は両手で数える程度だというのに。

 あのバルバロッサは、その正体がセインだと、分かって近づいて来たようにしか思えない。

 聖剣の秘密は、おそらくではあるが、彼女によってザラムントにもたらされたのだろう。なんとなくでしかなかったが、確信があった。

 セインロズドを引き抜けばそこに握りこむ自分の利き手を、セインは小さな溜息とともに見つめた。




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