「あー、疲れた」

 道すがら、馬車に揺られてセインが呟く。

「お疲れさまでした。私どもだけ楽しんでしまって、セイン様には申し訳ありませんが」

「ああ、いやいや!そうじゃなくて、いや!」

 申し訳なさそうな顔をするラオセナルに、セインは慌てて否定ともいえない否定を返す・

「僕も楽しかったし、キャルも満足だったみたいだから、嬉しいんだ。だから、疲れたって言っても、その、良い疲れた?っていうのかな」

 賢者と呼ばれるだけの頭脳を持ち合わせていながら、セインはこういう時に言葉が出ない変な特技がある。

「ふふ。皆喜んでおりました。ありがとうございます」

「お礼を言われるほどの事はしていないよ!」

「良いじゃない。素直に受け止めときなさいよ。セインの得意技って、剣術とライアーくらいでしょ」

 本人的にはただライアーを弾いて歌っただけなので、キャルにそう言われてしまえば、そうなのかなと納得してみるものの、褒められているのか貶されているのかわからない。

「それでもライアーと剣術は認めてくれるんだ?」

「これからお小遣い稼ぎが出来るわね!」

 ちょこっと上昇した気分のまま問えば、にこやかに言葉の平手打ちで返された。

「代金をお支払いしてでも聞きたくなる弾き手兼歌い手というのは稀ですからな。褒められておりますよセイン様」

「褒められた気が全くしないよ?!」

 吠えてみても、二人ともニコニコと上機嫌で馬耳東風である。

「バザーに着いたら何を見ようかしら」

「中央広場から城までの通りにずらりと店が並んでいるからね。楽しみにしていると良いよ」

「昨日、通りすがりに見たときにも賑やかだったもの!美味しいものもたくさん食べたい!」

 既にキャルの意識は祭りの出店に向かっているので、セインも諦めて、大人しく祭りを楽しむことにした。

 気持ちを切り替えるために、一際大きな溜め息が出たのは見逃してもらいたい。

 そんな事をしているうちに、オズワルド家の馬車は祭りのバザー会場に到着したようだった。

 これからは徒歩で、のんびりと屋台を冷やかしながら城へ向かう。

 オズワルド家の馬車から下りて、キャルは既にキョロキョロと、出店の物色を始めている。

 それを微笑ましく見やりながら、ラオセナルが御者に指示を出せば、オズワルド家の馬車は静かに元来た道を戻って行った。

「御者さんも、お祭りを楽しめばいいのに」

 馬車を見送りながら、キャルがそんな事を言うので、ラオセナルは彼女のを見やってにかりと笑った。

「ほほ。大丈夫だよ。家の者には、祭りが始まってから交代で特別休暇を出しているからね。それに、祭りの間は基本半休で済ませるように言い渡してある。それぞれに祭りを楽しんでいると思うよ」

「へえ。流石だね」

 セインが感心すれば、ぱちんとウィンクして

「従業員の健康とモチベーションを保つのも、雇い人の義務ですからな」

 当然とばかりにラオセナルが胸を張る。

 オズワルド家の従業員が、みんな活き活きとしているのは、この主人あってのものだろう。気持ち良く働けない職場で、従業員がまともに労働できるわけがないのである。

 だいたいにおいて、使用人を働かせるだけ働かせておいて、賃金もまともに支払わない雇い主というのはいつでもどこでも、まるでそれが当り前だとでも言うようにはびこっているものだがなるほど。

 この国の基盤はこの老紳士とあの破天荒な国王によって成り立っているだけある。

 皆、祭りで浮かれて楽しそうなのではなくて、元々祭りを楽しめる余裕があるのだ。だから、いきなり始まったわけのわからない国を挙げての祭りにも、充分に対応できるし便乗してしまえるのだ。それだけの力が労働者階級に溢れていると言える。

「働き手が元気でいる事が、一番です。労働によって国は成り立っているのですから」

 働き手が潰れれば、経済が潰れる。農業が潰れる。何より技術が育たない。人が育たない。そうすればもう、国は成り立たない。

 子供でも分かる事だ。

 それが分からなければ、人の上に立つ資格は無い。

「ザラムントはどうなのかな」

 ぽつりとセインが呟けば、ラオセナルが眼を細めた。

「気になりますか?」

「そりゃ、ね?僕を使って、多分あちこちで戦争を仕掛けたかったのだろうけれど。それでは国民は疲弊してしまうだけで、国土が広がったといころで人は育たない。そもそも、僕を使うまでも無く色々と他国にちょっかい出しているのだろうし。あまり豊かな国には思えないよ」

 セインの言葉に、ラオセナルも頷く。

「お察しの通り、彼の国は既に末期状態にあります。あの、バルバロッサという剣を手にしていながら貴方を求めたのも、苦し紛れなのでしょう。馬鹿なことです」

 戦を続ければ人が減り土地が荒れる。機械技術は兵器開発の為にいくらかの発展をするかに見えるが、その実、材料が足りなくなる上に技術者も足りなくなるから開発は滞る。

 真の意味で国を発展させたいのなら、平和が一番良いのである。

 セインは身をもってそれを知っている。

「こら!二人とも!」

 セインとラオセナルが同時に声のした先に視線を落とせば、キャルが頬を膨らませて二人の袖を引っ張っていた。

「せっかくのお祭りに、暗い顔はナシよ!」

 そう言って怒る少女の腕には、手提げ袋がぶら下がり、その中身をのぞいてみれば、買って来たのであろう菓子の山。

「これ食べて!」

 ぐいっと、その菓子の山を押しつけられる。

「え?」

 怒られて菓子を差し出された意図が分からず首を傾げるセインに、キャルが両手を腰に当て、ふん!っと鼻息も荒く睨みつける。

「美味しいわよ。それ」

「う、うん?」

 キャルの口の周りに菓子の屑が付いている所を見れば、自分で食べて美味しかったから、セインとラオセナルの分もと買って来てくれたのだろう事は予測が付いたものの、何故このタイミングで差し出されたのかが分からない。

 すると、まだ分からないセインに苛立ったのか、キャルは更に眉を吊り上げ。

「美味しいもの食べたら、そんな難しい顔なんてしてられなくなるわ!だから食べなさい!」

 命令した。

「お祭りって言っても良く分からない動機だし、その動機自体が傍迷惑って言えば傍迷惑だったけど、お祭りはお祭りよ。楽しまないでどうするの!」

 言うや否や、にぱっと笑うと、

「罰として!今日はラオのおじいちゃんにいっぱい買って貰うわ!セインはめいっぱいお買い物に付き合う事!」

 宣言するだけして、ぐいぐいと引き摺る勢いで二人の袖を引っ張る。

「めぼしいお店に目は付けておいたのよね。行くわよ!二人はそれ食べながらサクサク歩く!」

 先ほどまで、小難しい顔をしていた大人二人は視線を交わすと、お互いの顔を見て笑ってしまう。

 さっきまで、どちらの眉間にも刻んでいた深い皺が、びっくりした拍子に消えたらしい。

 キャルの言う通り、美味しいものは食べるだけで嬉しくなるものだけれど。

菓子を食べなくても、キャルがいればそれだけで。

「参ったなあ」

「参りましたね」

 くすくすと笑いながら、キャルから与えられたミッションをこなすべく、その彼女に引っ張られつつ、セインは器用にラオセナルへ菓子を渡す。

 それを、やっぱり引っ張られながら器用に受け取って、ラオセナルが口に入れると、甘い香りとシナモンの香りが広がり、ほろほろと口の中で溶けて行く。舌触りも優しく、ちょっとした焦げも屋台ものとしてのご愛嬌と思えば香ばしい部類で。

 たしかに美味だった。

 セインも一口食べて、満足げである。

「うん、美味しい」

「ですな」

 何やら納得している男二人に、キャルが振り返って笑う。

「でしょ?」

 嬉しそうな笑顔に、セインもラオセナルも、一緒になって笑う。

「あっちにも、美味しそうなお店があったのよ!皆で食べましょ!」

「屋敷の皆にも、何か誂えましょうかね」

「あ。お城にも持って行く?」

 どうやら昨日までの事で気が重くなってばかりもいられないらしい。

 城に続いている祭りのメイン会場でもある大通りを、好奇心旺盛なキャルの、買い物やら見物やらに巻き込まれつつ、三人で出店はもちろん、パレードやら出し物やら、祭りを満喫しながら進むのだった。






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