「ふむ。やはり何かあったか」

 立ち話も拙いという事で、国王の執務室に通された三人だったが、大きなソファーに、キャルはそわそわと先ほどから落ち着かない。 

 大人が一人寝転んでも、余裕がある大きさだ。

 装飾はなめらかな曲線を描く唐草を彫刻しており、張ってある布は細かな花模様のゴブラン織りだ。 
 全体的に固い印象のあるこの執務室に置いて、このソファーだけ可愛いサーモンピンクを基調としているあたり浮いている。

「そう言うって事は、アレはやっぱりここ関係?」

 落ち着かないキャルをよそに、セインとガンダルフは会話を続ける。

「ふむ。まあ、ここというより、これから会わせる予定の客人関係か」
「客人?」

 眉を顰めるセインの疑問に、ガンダルフは大きく頷いた。

「まあ、あまり話したくないようじゃから?」

 ちらりと、キャルを視線で示すガンダルフに、言わんとしている事を悟って、セインは嘆息する。

「分かった。そう言う事なら、あとで話を聞こう」
「話が早くて助かる」

 ガンダルフはセインの反応に満足気に頷くと、にやりと笑った。

「何?」
「ふむ。そなた、足はもう大丈夫なのか?」

 王都を目指す途中、爆発から起きた土砂崩れからキャルを庇って、両足を大怪我した事を言っているらしい。

「…おかげさまで」

 その怪我を知っているという事は、国王には道中何があったか、全て悟られていると思って間違いないだろう。

「トイコスでの活躍は、予も聴いて知っておる」
「トイコス?」
「なんだ。知らずにいたのか。壁に囲まれた城塞都市に立ち寄っただろ」

 王の言葉に、黙って出された紅茶を口に含んでいたラオセナルが、ふと呟いた。

「ああ。あの城主の息子が救いようのない町ですか」

 思わずラオセナルを凝視したセインだった。

 常に紳士的な態度を崩さない彼である。こんな攻撃的な一言を零すのを聞いたのは、初めての事だ。
 
 確かに、あの町の城主の息子は、自分の一生をかけてもう二度と会いたくない部類の人間だった。

「あの町、トイコスっていうの?」

 そのまま、ラオセナルに訊ねたのだが、返事を返したのはガンダルフだった。

「本当に知らずにいたようだな」
「だって、興味なかったもの。早く町を出たくてさ。精神的に良くないよね。あの町」

 今度は、セインの言葉にラオセナルが、うんうん、と頷いた。

 誰が行っても、精神的にダメージを受ける町であるらしい。

「で。かどわかしに遭ったそうだな」
「!!!!」

 これにはセインも驚いたが、ラオセナルも驚いた。

 かろうじて紅茶を噴き出させずにすんだものの、思いっきり咽ている。

「ごほっ!けほっ!けほっ!」
「大丈夫?」

 慌ててセインが背中をさする。

「だ、大丈夫です、セイン様。それより、かどわかされた?」

 真っ直ぐに見詰められて、返答に窮した。しかし嘘をつくわけにもいかないので、

「あー、うん」

 しぶしぶ頷いた。

「両足が使えなかったからこそだろうなあ。そなたを連れ去るなど、正体を知らぬとは言え、その者は剛の者と褒めてしかるべきだろうな」

 豪快に笑うガンダルフを、セインが睨むが、涙目でいるので威力は半減している。

「大変だったんだよ。これでもっ!」

 宙吊りになってみるわ、鎖で繋がれるわ、久々に初対面で同じ空気を吸うのも嫌だと思わせてくれる人物と出会うわ。

 何にしても、歩けないというだけで、物凄く苦労した一件だった。

「ああ、大変だったわね」

 先ほどからソファーの可愛らしさに夢中だったキャルが、セインが攫われた話は聞こえたようで。

「でも、何でそれを王様が知っているのかしら?」

 子供らしい素朴な疑問に、ガンダルフの頬が緩む。

 セインやラオセナルなぞは、「一応、ちゃんと役場や市制の報告書には目を通しているらしい」もしくは「この男の事だから、密偵くらい放っているのだろう」という予想のもと、疑問にも思わない。

 実際、その通りなのだが。

「予の情報網を甘く見てもらっては困るぞ。これでも一国の主だ」

 にこにこと、キャルの頭を撫でようと手を伸ばしたが、サッと避けられてしまった。差し伸べた手の行き場に困って、ガンダルフはもじもじと手の平を見つめた。

「あの町には、予も手を焼いていてな。助かったよ」

 何度も中央庁から勧告を促し、忠告しても言う事を聞かず、罰金を科したところで金はあるのかびくともしない。

 常に領主の思いつきや、わがままな思い込みで町の政が進み、とんでもない決まり事で領民を苦しめていた。しかし領主本人は良かれと思って法を敷いているので、自身が自身の民を苦しめているなどとは思いもしないから気付きもしない。

 しかし、それらの傍迷惑な領律も、裏で思い込みの激しい領主を唆し、操っていた執事の仕業だった。

 セインがその町で誘拐され、誘拐した本人が、中央からの昇進の誘惑に誘われた当の執事であった為、成り行きで執事を捕まえた。今はまともな領土に戻すべく、復興への道を歩み始めている筈だ。

「それは別にいいけど。そう言えば私、王様に会ったら聞きたい事があったのよね」

 ガンダルフが礼を言うという事は、あの執事を捕まえたいきさつも承知しているという事なのだが、キャルはもう国王の情報量の多さについて、先ほどの説明で納得しているようで、既に気にしていないらしい。

「聞きたい事?」

 聞き返すガンダルフに、大きく頷く。

「何故、あのギャンガルドなんかに使者を頼んだのかしら?」
「む。駄目か」
「…駄目だって知っていて頼んでいるでしょう。おかげで大変だったんだから!」

 面白そうに頷くガンダルフに、キャルが不機嫌さを隠そうともせずに国王を睨む。

 その手はセインの上着をぎゅっと握っているので、幾分、王様というものを理解してはいるようだ。

「お、王様だからって、何したって良いってものじゃないと思うわ!」

 この場合、キャルもセインも、とっくに不敬罪に問われかねないのだが、王城に到着した際の近衛とのやり取りから、それはないと分かっている。それでも少々大人しかったのは、分かってはいても緊張していたかららしい。

 なにしろ今まで見て来たどの貴族の家や城などと比べようもなく、王城は広く豪華で、清々しいくらいに高い天井にまで、絵画だったり建築上の組み合わせで模様が浮き出ていたりと、見どころだらけだった。

 今居る執務室も、通って来た廊下や部屋に比べれば質素なのだろうが、どこもかしこも値段が張りそうな素材ばかりである。

 下手に触って、何かあっては大変。

 床まで美しい輝石のタイルで埋め尽くされて、緊張しない方がおかしい。

 おかげで、ガンダルフへの態度に、先ほどから勢いが足りない。

「ふうむ。しかし、もう旅に出て時間も経っておったし、誰かを雇うにも体力があって、きちんとした目的地もないそなたらに追い付ける人物となると、あの海賊王しかおらん」
「なるほど」

 言われてみればそうなので、セインなぞは思わず頷いて、キャルから抗議の視線を向けられる。

「まあ、ギャンガルドなら、連れて来た美女と一緒に港の宿泊所におる。奴の乗組員と一緒に、ずーっと騒ぎっぱなしだ」

 どうも、クイーン・フウェイル号のみんなは無事でいるらしく、ホッと息を吐いたキャルの手を、セインがあやす様に叩いた。

「…ギャンガルドを雇った理由は分かったわ。でも、彼を脅すような真似をしたのは何故かしら?」

 キャルとセインを王城へ連れて来る条件として、ギャンガルドの船と乗組員を人質にしたと聞いている。

 その行為も、一国の主としてふさわしくは無いだろうし、そもそもそんな事をされて、面白がるだけでギャンガルドが動くとも思えなかった。

「ああ、それは、あ奴から提案してきたのでな。予はそれに乗っただけだ」
「は?」

 王の言葉に、思わず聞き返した。

 キャルのぽかんと口を開けた表情に、ガンダルフはしてやったりと笑う。

「ただ連れ戻しに行って、金をもらうだけじゃつまらんから、どうせなら俺の船を賭けよう、とな。ギャンガルドが言って来おったもんだから、こちらはそれを断る理由もない。受け入れただけじゃ」
「……」

 流石ギャンガルドというべきか。いかにも彼らしいのだが、大馬鹿にもほどがある。

 セインは眉間をもみ、キャルは眉を吊り上げた。

「ギャンギャンだなあ」
「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、例えようがないくらいの大馬鹿ね」

 二人は同時に深く深く、諦めたように嘆息した。




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